お客様三人目 ~桜のボランティア 第ニ話~
それから数日後。講義の一環で、大学近所の商店街を回り歴史と街並みの資料を集めるべく市内を歩くことになった。
家と大学の往復はするものの、こんな風に街中を歩くことはなかったので新鮮だった。
同じ講義を受けている学生達が自分と同じようにはしゃぐ。
「みて~!
あんなところにペットショップがある~!
うさぎ専門店だって~かわいい~」
「弁当だ~腹減った~財布持ってくればよかった~」
わいわいと雑談をしながら歩く連中にうんざりしながら、
(うるさいなぁ・・・)
と声には出して言えないものの、少し距離を置いて歩く。
やっと集中して街並みをよく見られると思っていた時、住宅街から溢れるように緑色の雲が見えた。
よく見ると雲じゃない、木だとわかった。
「・・・私、こちらを見てきます」
どうせ私のことは聞いていないと思うが他の学生に伝えると、
吸い込まれるように住宅街に入るように角を曲がり、歩いていく。
どんどんと森の方に近づいていくと、大きな木のある住宅の前に着いた。
森のように見えたのは、信じられないくらい大きな桜の木だった。
住宅の敷地の半分以上がこの桜の木なのではないだろうか?
圧迫されるように住宅は年季が入っていて崩れそうな屋根、傷んだ壁。伸び放題の庭の植木・・・・。屋根の一部にはブルーシートが掛けられいる有様だ。
一体どれだけの築年数なんだろう。
いや、そもそも人が住んでいるのだろうかも怪しい。
「わー」
家に対してなのか、桜の木に対してかわからないが、思わず声が漏れると。
住宅の中から、一人の老婆が出て来た。
腰が曲がり、しわしわの小さな身体に真っ白な髪の毛。人の好さそうな顔をしている。絵本に出てくるようなおばあさんといった感じだ。
おばあさんはこちらに気付くと、
「こんにちわ」
にこやかな挨拶とペコリと頭を下げる。
思わずこちらも
「あ・・・こ、こんにちワー」
とマヌケな挨拶が口から出る。
おばあさんが待っていたといった様子で、
「ボランティアの方ですか?お待ちしてました、どうぞこちらです。
よろしくお願いいたします。」
と深々と頭を下げる。
ぎょっとして慌てて事情を説明する。
「あ・・・あの、違います、私この近所の学生でして・・・。
講義の一環でこの辺を散策していましたら、こちらの桜の木に目が行きまして・・・」
おばあさんはすこしがっかりした様子だった。
「あら、ごめんなさい、てっきりボランティアの方だと思って・・・
そうなの、学生さんなのね、桜様を見に来てくれたのね、立派でしょう?
良かったら庭に入って近くで見て行ってくださいな」
時計を見るとまだ時間には余裕がありそうだ。
自分がボランティアではないことの後ろめたさと、桜への興味からお言葉に甘えて庭の桜を間近で見せてもらうことにした。
「いいんですか?ではお願いします」
「どうぞどうぞ、こちらですよ、足元気を付けて」
おばあさんを先頭に廃屋のような家の横を抜けて、庭へ向かう。
ふと表札に目が行くと、”桜田”と書いてある。
何日か前に見た達筆のチラシが頭の中に蘇る。
・・・あのチラシの家だ。
思いがけない巡り合わせになぜか胸が高鳴った。
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