お客様三人目 桜木結

 結は家で退屈していた。

時間を見ると夕方六時半。テレビで地方ニュースが流れている。


今年の春に結婚して三か月。

二人で暮らし始めて見たものの、夫は仕事で毎日毎日毎日深夜にしか帰ってこない。

平日は深夜まで仕事。土曜日も仕事。日曜は夕方まで夫は寝ている。


新婚なのに一体これでは独身と変わらない。

いや、独身時代よりも寂しいかもしれない。

子どもでもいれば夫が不在でも家族の絆を感じられるのかもしれない。

ママ友なんていうのもできてこの退屈と孤独を一掃してくれないかと思う。

最初は新妻らしく深夜でも待っていたけど、

ある日うつらうつらしながら待っていて、帰宅した夫につかれた顔で

「無理しないで寝てればいいのに?」と嫌味を言われて機嫌が悪くなってしまい、それ以降待つのをやめた。

ならば朝食でも一緒と思って、朝食の時間に起こしたりもしたが、

「食べるより・・・寝たい・・・」と言われてしまい、用意した二人分の朝食を一人で食べた。

その時はとんでもなく寂しくてなんだか泣けてきた。


今日も夫に連絡したら帰りは深夜になるのだと連絡が来た。

(はいはい)

心の中で返事をして携帯電話をソファに放り投げる。


掃除もしたし、夕食も作った。

テレビもスマホもお腹いっぱいになるくらい見たし、仕方ない・・・。

趣味で描いているイラストもやる気がしなかった。

小さな動物が沢山集まって笑っている。

山の中でうさぎ、きつね、たぬき、いたち、ことりが輪になって遊んでいる様子を描いた。

自分はとてもそんな気分にはならない。

「君たちはいつも一緒でたのしそうだねぇ」

イラストに話しかけたけど、返事はない。

「はぁ・・・・」ため息を一つ長く吐く。

買い物の予定もないけど、近所のスーパーにでも行こう。

割引のプリンでも買って食べようかな。


部屋着に薄手のカーディガンを羽織って、エコバックに財布を放り込んでサンダルを履く。

家の鍵を持って、玄関を出る鍵をかけて振り返ると、スタスタとアパートの三階から非常階段を降りて駐車場の前に出ると、空いた駐車場のスペースに見慣れない移動販売の自転車が停まっている。

傍らには、男性が立っていて小さい椅子に腰かけて暇そうに空を眺めている。


午前中に買い物にでかけた時にはあんな自転車なかった。

なんの移動販売だろう?

豆腐かな?果物?野菜?かりんとう?キムチ?

・・・食べ物ばかりだなと自分でも笑えてくる。

(財布にいくらあったっけ?なんの移動販売か聞いてみよう。

普段なら絶対買わないところだけど、ま、いいか。)

全て孤独が悪い。一人にしている夫が悪い。月並みな会話でも誰かと話しがしたかった。


ちょっと怪しい雰囲気に気おされながらも近づて声をかける。

駐車場の空いてる場所は、街灯が一つあるだけで、なんだか薄暗い。

今日は一層暗い気がする。

思い切って声をかけてみる。


「すいません、何のお店ですか?」

男性はピクっとしてこちらを振り向くとすっと立ち上がってペコリと頭を下げた。

ボロボロの自転車に古臭い服装に、きつねみたいな切れ長の目がこちらを向く。

てっきり自転車みたいに年季の入ったおじ様がやっていると思ったら、若い男の人でちょっと得した気分になる。


「いらっしゃいませ、こちらは貸本屋になります」

(貸本屋?レンタルコミックってこと?なんだ、食べ物屋さんじゃないのか・・・)

「そうですか、すいません、てっきりなにかお惣菜かと思って・・・」

「あぁ、屋台ですか!いいですよね。ソバとか天ぷらとか。

あいにく手前の店で腹は膨れませんが・・・今ならお客さんに”さーびす”でお菓子をプレゼントしております。」ニコニコと得意げに小さなかごから和紙で包んだ小さな菓子をつまんで見せてくる。

「えぇ・・・そうなんですか?貸本って、レンタルコミックですよね?

私、近くのレンタル屋さんで会員だし・・・」

「品揃えには自信がございまして、奥様の暇つぶしに損はさせません。」

「え!どうして私が奥様だってわかるんですか?」

「それは、それは、そちらの指輪があまりにお美しいもので」

「あぁ!なるほど、お上手ですね!ふふふ」

誰かとこんな他愛のない会話で、気分が良くなるものなのかと自分でも驚く。

どうやら、相当誰かと会話したかったらしい。

「わかりました、じゃ何があるかを見せてくれますか?

時間もあるし、お兄さんの誘いに乗ることにします!」

「これはこれは!ありがとうございます。ではこちらにどうぞ。

商品はこちらになります。」

小さな椅子を自転車の後ろから出して、座るように勧められる。

訳も訳も分からぬまま、椅子に座ると隙を見せずに小さな冊子を一つ手渡される。

「あの、商品って・・・・」

「どうです?きれいに綴じられているでしょう?

手前もほっちきすに大分慣れまして・・・。それから、てーぷ?ですか。

あれもなかなかに難儀したのですが、うまく使えるようになりましてね・・」

要領を得ない返事に戸惑いながら、

「いや、あのそういうことじゃなくて」

「はい?」

店主の男性はキョトンとした顔でこちらを見る。

「これを読めばいいんですか?この冊子を?ここで?」

「左様です。どうぞどうぞ遠慮なく」


「はぁ・・・これを・・・」

沢山の古いマンガを自転車の後ろについている箱から出してくれるのかと思ったら、たったの1冊。ペラペラの小学生が書いたような字が書いてあるこの冊子を読めというのか・・・。

(このお兄さんと喋っているほうがいいんんだけど・・)

そんな気持ちになったが、さっさと読んでその後喋ればいいかと思い、ページをめくることにした。


辺りは真っ暗で、自分の周りの街灯しか明かりがないことにはまったく気づかなかった。


















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