お客様一人目 読後 植木育夫
「ふー・・・どうも。」
ため息を長く一つついた後、
読み終わった途端、体がすっと縛られていたような感覚から解放される。
一体どれくらい時間が経ったんだろう。
夕暮れがいつのまにか真っ暗になり店主と自分の真上の街灯の明かりしか光がなくなっていた。
いつも、この道はこんなに暗かっただろうか?
もっと家の明かりや、街灯や、自転車や車がそこそこ光を作っていなかっただろうか?
作文用紙のような粗雑な紙の束をきれいに並べ直して、店主の男に手渡しする。
「おや、終わりましたか?ありがとうございます、いかがでした?」
店主の男はにこにこと紙の束を確認しながら感想を求めてくる。
「どうって、これって何の話なんです?お兄さんの創作ですか?
作家の卵の作品ですか?なんていうか、怪談というか、ほらーというか、都市伝説というか・・・。うーん、まぁ素人が書いたにしては・・・そこそこってところなんじゃないでしょうか?」
思ったことを素直に口に出してしまい、しまったかなとハッとするも店主の男は気を悪くした様子はなかった。
「ふーむ。そりゃ、まぁ、普通の人が手前に体験談を話してくれたものですから・・・。
素人感はぬぐえないでしょうね、手前も聞いたままを書いてるだけですし。」
思い出すような仕草をしながら顎を掻く店主。
その手は読む前に見た獣の手ではなく、人の手だった。さっきのは見間違いだろうか。
「・・・体験談?」
言葉の中に引っ掛かりを覚えて聞き返す。
「はい、そうですよ。この話に出てくるイモですが手前どもの中ではよくあるものでございまして。
ジャガイモはじゃがいもでも、邪我イモ(じゃがいも)っていう、これまた自分勝手なイモなんですよ。わがままで群れたがりでそれでもって悪知恵が働きやがる・・・・。
おまけに不味い。
いや、もうどうにも面倒なやつでして・・・・。
なので、こちらでは雑草扱いですね。小さいうちに引っこ抜いちまいます。
一時ずいぶん数を減らしたようですが、こっちの皆さんは区別がつかないんでしょうなぁ。
よく野菜売り場で普通のイモに混ざって売ってますよ。
あ、手前どもは扱いが面倒ですので選んでは買いませんが。」
ヒラヒラと手を振って笑う。
本当にあった話なんだろうか。
手前どもの中・・・こっちの皆さん?
どこの話をしているんだろうか。
頭で整理をしようとしていると、すかさず店主の男は言葉を続ける。
「それでは、お代の方を頂戴いたします。よろしいでしょうか?」
男がすっと懐からソロバンをとり出す。
聞いてみたいことがある気がする。
確認したいと思うが店主が会計と言うなら仕方がない。
カバンから財布をとり出そうと慌てていると、
「あぁ、お客さんお金は結構です。
手前が頂戴するのは、銭ではございません。
お客さんから頂戴させていただくのは・・・・そうですねぇ・・・」
そういうと店主の男の目が淡く黄色く光り、こちらを値踏みするようにじーっと見つめてくる。
その目に何とも言えない不安を覚えて、後ろに一歩下がりカバンに突っ込んだままの手をぎゅっと握ると、店主の目の光がすっと元に戻った。
「はい、こちらがお会計になります!」
店主の男は嬉しそうにソロバンをパチパチとはじく。
パチン!
最後のソロバンを弾き終わると、
カバンに突っ込んでいた右手が勝手に動き出し、カバンからすっと抜ける。
抜けた右手の周りには青白いもやのようなものがかかっている。
驚いて引っ込めようにも動かせない。
冷や汗が背中に流れるのを感じたが、どうすることもできない。
そのまま店主に向かって右手が持ち上がり、くるりと手のひらを向ける。
手のひらには見たこともない、小さな硬貨が一つあった。
見たこともないような模様に色。
持っていた記憶もないし、握った覚えもない。
おかしい、何か変だ・・・・。
「あの・・・!」
違和感を確認しようとすると、店主の男がそれを遮る。
「毎度ありぃ!!」
店主が手のひらから嬉しそうに硬貨を受け取ると同時に、あたりが一瞬真っ白く光る。
目がくらみ、やがて真っ暗になったのだろうか・・・・。
落ち着いてゆっくりと目を開けると、そこにはもう何もなくなっていた。
ぼろぼろの自転車も、店主の姿もそこにはなく、いつもの帰り道がただただ続いていた。
あんなに真っ暗で時間が経っていたはずなのに、時計を確認したらまだ駅から出て数分、いつもの帰りの時刻だった。
「一体・・・」
頭が混乱する。店主は?自転車は?自分はここで何をしていたのだろう。
確か、作文を読まされて・・・その後に・・・
頭も重いし、それにしては体がだるい。
今起こったことを思い出し、整理しながらふらふらと家路につくのだった。
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