お客様二人目 家野真理
今日も夕方になった。学校に行かなかった。
いや、正確には行けなかった。
高三の二学期、大事な時期なのはわかってる。
だけどある日の朝、急に学校に行くのが怖くなった。
学校の成績も特にいつもと変わらず(悪いけど)、友達もいつもと変わらず(バカだけど)理由はないんだけど、行けなくなった。
学校に行こうとすると涙が出てくるし、足がブルブル震えるくらい怖い。
何より理由がわからないのが怖かった。
最初は生理前で不安定なのかもしれないし、風邪気味なのかもしれないと思ってママも心配してくれて二、三日休んでもいいよと言ってくれた。
だけど、体は元気なのに、学校に行けないのは変わらなかった。
一週間、十日・・・時間が経てば経つほど学校が怖くて怖くて仕方ない。
友達から鬼のようにメッセージが届くし、先生から電話くるし、ママは心配からキレモードになるし・・・。
特にママは最初はあんなに心配してたのに、
朝は
「今日はどうするの?」
夜は
「明日はどうするの?」
って聞いてきてほんとうっとうしい。私も明日は行こう、今日は行こうって思ってる。
それができないから困ってるんだけど。
ママは学校に行けない私は愛せないらしい。
行けなくなってから、とうとう一か月。
そんなこんなで今日も学校に行かず、部屋でゴロゴロ。趣味のコンビニお菓子食べ比べも飽きてしまい。
何もせずに今日も夕方になってしまった。
トイレに行ってからソファでもう何度も読んだマンガを広げてゴロゴロしてる私を見てママがため息をつく。
私に聞こえるように。
「ハァ~」と大きな声でため息をつく様子に、
なんだか私は涙が出るくらい頭にきて、読んでたマンガをテーブルに叩きつけてわざと大きな足音をドンドン立てて玄関に向かう。
時間はもう夕方の六時すぎ。
ママが大声で叫ぶ。
「こんな時間にどこに行くの!!」
「わかったよ!行ってほしいんでしょ!行ってくるよ!今から!学校にさ!!」
そう言い返して思い切り玄関のドアを殴るように閉める。
閉まったドアの向こうから、ママの叫ぶように言い返す言葉が聞こえる。
・・・こんなはずじゃなかったのにな。
なんだか涙がこぼれる。
学校に行く!って言ったけど、
今の恰好がサンダル、Tシャツ、短パン、ヨレヨレのパンダパーカー。
どう見ても学生に見えない情けないカッコに余計に涙が出る。
袖口で涙を拭ってさてどうしたものかと考える。
財布もケータイも家に置いてきてしまった。
足は自然に近所の公園に向かっていた。
小さい子や生意気な小学生でいっぱいの公園も、この時間はもういない。
いつも人がいる場所に人がいないとどうしてこもうも急に物悲しい景色になるんだろう。いつもいた学校に自分がいなくても悲しく思ってくれる人がいるんだろうかと
この景色に自分を重ねながら、ブランコに腰掛けてゆらゆら揺れてみる。
誰もいないと思っていたら、公園の街灯の下、一台の自転車の傍らに人がいるのが見えた。ボロボロの自転車に、大きな古臭い木箱を括り付けてこれまた古臭い服を着て立っている。
公園によくいる大道芸人だろうか?こんな時間に?
片付けをしているのかもしれないが、自分が行けば何か見せてくれるかもしれない。
どうせ行く場所もなし、怪しみながらも傍に近づく。
面白いもの、見せてくれるといいなぁ。
近づいて見ると、オレンジの小さな旗で『貸本屋 雨文字堂』と書いてあった。
自転車の傍らに若い男が立っており、ニコニコしながら
「いらっしゃいませ」と声をかけてくる。
くすんだ橙色のベレー帽を被り紺色の半被、着物?みたいな服を着て、足元はこれまた草履をはいている。キツネみたいな切れ長の目がにっこり笑ってもっと細くなる。
しまった・・・大道芸じゃないのか・・・。
がっかりしてしまったものの、引き返すことができず仕方なく返事をする。
「こんばんわ、あの、何のお店ですか?」
貸本?レンタル屋のことだろうか。
「はい、こちら貸本屋でございます。いかがでしょうか?」
「あの、私お金持ってないので・・・じゃ・・・」
お金を持っていないことを理由に、その場を去ろうとしたが、男は構わないといった様子で続ける。
「いえ、お金は頂戴しておりません。今日はお客に恵まれませんで・・・。
人助けと思って、少しお時間頂戴できませんでしょうか?」
「まぁ、ヒマじゃないけど困ってるなら・・・・。
でも貸本って?
レンタルってこと?」
時間もあるし、人も少ないし、今すぐ家に帰る理由もない。
精いっぱいの強がりを言って、付き合うことにした。
切れ長の目が少し大きくなり、嬉しそうに声を上げる。
途端にごそごそと木箱を開けて何かをとり出す。
「ありがとうございまぁす。お客様にはここで、こちらを読んで頂きたいのです。」
キツネ男が持って来た物は、小さな冊子だった。
ボロボロの雑紙の作文用紙を半分に折って綺麗にホッチキスで留めてある。
端はセロテープで補強されており、小さな本のようになっていた。
本というよりは文集に近い出来栄えだったが。
「あの、これって・・・・他に選べたり何かマンガみたいなのがあったり・・・」
「あいすいません、今日はこちらになります。」
これを読めと言うだろうか?中をペラペラとめくると、小学生のような文字で何か文章が書いてあるようだった。
何かの子どもが書いた文集か、脚本か、古書のようなものだろうか?
読んで感想を書けばいいのだろうか。
「お客さまは、学生さんでいらっしゃいますか?」
「えぇ・・まぁ。学生みたいなもんですけど・・・」
はっきり学生と言えない今の状態がもどかしい。
「そうですか、どうりで。」
「あの・・・、私学生に見えますか?」
「はい、可愛らしい学生さんに見えますよ。
手前の妹もそれくらいの年でして。」
「そうですか・・・」
男の答えにまだ学生に見える、自分はまだ学校から消えた存在ではないようでうれしかった。
「時間あるし、読んでみればいいんですね?」
「ぜひ」
「わかりました、じゃ読ませていただきます。」
そういって、街灯の下ジャングルジムに腰掛けてページをめくる。
辺りはすっかり暗くなってきたが、街灯と男の目は静かに光を放っていた。
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