お客様三人目 桜木結 その後
妙なことがあってそのままスーパーから帰って、
スイーツを食べながらスマホで動画をみながら新しくイラストを描く。
へんな店主と話しをして少しは気分転換もできた。
このままたまには帰ってくるのを待ってやるか・・・・・
と思って、そのまま眠ってしまったらしい。
目が覚めると自分のベットで、時間は朝十時。
夫が心配そうにこちらを見つめていた。
「大丈夫?帰ってきたら倒れ込むように寝てて・・・・心配したよ・・・。」
目の下にクマができている。
寝ずに私を見ていてくれたらしい。
「ごめん・・・寝てたの私・・?あ、仕事は?」
「行けるワケないだろ。休んだよ。待ってて、お水持ってくる。」
随分寝ていたようだ。買い物から帰ってきたそのままの姿で自分でも驚く。
「疲れてたのかな・・・」
何気なくポケットに手を入れて見ると昨日の飴玉が入っていた。
どうやら昨日の事は夢ではなかったらしい。
飴玉を口に入れると、柿の味がした。
それよりも、私のために仕事を休んでくれたことが申し訳なく、また嬉しかった。
飴を食べていると水を持って戻ってくる夫。
「ありがとう」
冷たい水を一気に飲むと、ほっと息をつく。
夫が深刻で申し訳なさそうに謝る。
「あのさ、ごめん・・・、忙しくて構ってやれなくて。」
「ほぇ?」
マヌケな返事が口からこぼれる。
「おれ、自分が大事なことわかってなかった。
仕事に夢中で結の心がどんなに寂しいことになってるかわかってなかった。
結の大好きな絵が、こんな風になるまで心が乱れてなるなんて思ってなかった。
ほんとにゴメン。
おれ、もっと一緒にいられる時間を増やすよ。」
夫はそう言って昨夜書いた私のイラストを私に見せる。
(いつも通りに描いただけだけど・・・)
「ギョ!!」
そこには、いつも自分が描いているイラストとは程遠い、
ホラー調のグロテスクな水墨画のような絵が紙にびっしり描いてあった。
動物らしきものが描かれているが無駄に特徴が強調されまくっていて、全くどれがどの動物かわからない。これって・・・カエル?トカゲ?ブタ?なんだろうこれ・・・?
「こ・・・これは・・・!?」
私自身が困惑の声を上げると夫は涙を浮かべながら、
「いいんだよ、何も言わなくていい。いつもあんなに可愛い穏やかな絵の結がこんな絵を描くなんて・・・。
オレに対する怒り、絶望、悲しみ・・・
結の気持ち・・・気づいてやれなくて・・・ほんとごめん・・・」
「ち・・・ちがう、これは・・・いつもの絵が描けなくなったみたいで」
「いいんだ、わかってる。心が乱れて・・・だろ?
オレ、ほんとにばかだよな・・・」
そういって夫は私を抱きしめた。
私は訳もわからず久しぶりに抱きしめられる感覚を思い出していた。
あの日以来、私はイラストが描けなくなった。
いや、描けなくなったというのは自分が描いていた絵が描けないということだ。
今までの正反対の不気味な絵はやたら上手に描ける。
一体なんなんだろう・・・。
努力すればそこそこ可愛らしい絵も描けるがかなり努力を必要とする。
絵を描けない以外日常に支障はないので問題ないが、いつも自分ができていたことができないのは気持ち悪い。
イラストを描けないのは不便だったが、いいこともあった。
夫が早く帰ってくるようになった。朝食も一緒に食べてくれるようになり、
二人の時間を作るように努力してくれているのがよくわかる。
一緒にいれば絵を描く暇なんてない。絵を描けないことより一緒にいられることの方がはるかに幸せなのだ。
おかしな体験だったけど、改善のきっかけをくれたあの出店に今度は夫婦で行ってみたいと思う。
あのサーピスの柿の飴イマイチだということ、私の絵が描けなくなったことも聞いてみたいと思う。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます