お客様三人目 読後 桜木結
「いたたたた!」読み終わって思い切り背伸びをする。
「久しぶりに本読みました、本っていうか小冊子?ですか」
店主に向かって声をかけて、読んでいた小冊子を手渡す。
「ありがとうございました。」
そう言ってもう一つ伸びをする。
「いかがでしたか?」
店主が感想を求めてくる。
「感想・・・ですか。やることがあるのはいいですよね、
ボランティアでもなんでも。誰かのために何かするっていうのは、いいことだと思います。相手にとっても自分にとっても。
人だって、植物だって一人は寂しいですよ。
私もだれかとつながっていたいと思うから。
まぁ、相手を暴力で支配しようというのは違うと思いますけどね。」
思わず漏れた本音にハッとする。
店主は話を聞くと、
「そうですね、この桜は人の世界で長く生きて知恵と知識を付けたようですね。
長く生きれば孤独になります。欲深くもなります。
生きたい、誰かと一緒にいたいという気持ちが、桜を強欲にしてるんでしょうなぁ。怖い怖い。」
「これって、なんて人が書いた冊子ですか?」
「こちらは私が書いたものです。お話は吉野さん本人から伺いました。」
「え!!これって本当の話なんですか?すごい!どこ?どこにあるんですか、この桜!」
思わぬ食いつきに店主は焦って、
「いえ、場所教えられません。守秘義務ってやつですね」
「なんだ・・・・がっかり。この冊子といい、ケチね。」
「これは厳しい」
「この冊子、挿絵くらいあったほうが雰囲気がでるのに。」
「今後の参考にさせていただきます・・・。
さて、お代を頂戴したいと思うのですが・・・」
「あ!お代ね!おいくらかしら?」
慌てて財布から小銭を出そうとする。
「あ、手前が頂戴するのは銭ではありませんで・・・
お客さんから頂戴させていただくのは・・・・そうですねぇ・・・」
店主の目が淡く黄色く光り、見つめてくる。どこから出したのか手にはソロバンを持っていた。
(やだ・・・私のこと・・・好きなのかしら・・・・。)
自分は人妻だということを伝えようと、一歩前にでようとする。
小銭を探そうとしていた右手をぎゅっと握ると、店主の目の光がすっと元に戻った。
「はい、こちらがお会計になります!」
店主の男は嬉しそうにソロバンをパチパチとはじく。
パチン!
最後のソロバンを弾き終わると、
右手から青白いもやのようなものがかかっている。
そのまま店主に向かって右手が持ち上がり、くるりと手のひらを向ける。
手のひらには見たこともない、小さな硬貨が一つあった。
「わーナニコレ!綺麗!こんなの持ってなかったのに、私にくれるの?!」
店主は一瞬困った顔をしていたが。
「毎度ありぃ!!」
店主が手のひらから嬉しそうに硬貨を受け取ると同時に、あたりが一瞬真っ白く光る。
目がくらんで目をつぶり、光がなくなったところでゆっくり目を開けると、そこには何もなかった。
店主の姿も冊子もぼろぼろの自転車も。
ただ、硬貨を握っていた手の中に”さーびす”と書かれた小さな飴玉が一つあった。
「いなくなっちゃった・・・」
辺りはいつのまにか夕方で、さっきまでの暗さとは違っていた。
キツネにつままれたとはこのことだろうか?
「あ、スーパー行かないと。なんだか急にお稲荷さん食べたいな・・・。」
ポケットに飴をしまって、どっと疲れた身体を引きずってスーパーへ向かった。
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