お客様三人目 ~桜のボランティア 第十話~

 おばあさんの話を聞きながら、おばあさんの話にどう返答していいのかわからずにお稲荷を口に押し込んでごまかしていた。

桜田のおばあさんは静かにお茶を飲み、桜様とお花見ではしゃぐみんなの様子を眺めていた。

やっとのことでお稲荷を飲み込み、少しの沈黙の後私はおばあさんに尋ねた。

「桜様とはどうやって意思疎通をするのですか?喋れるわけでもないって・・・」

「それは、なんとなくわかるのよ。

枝の揺れ方、花の咲かせ方とか・・・そういうのでね。」

「気に入った相手にはどういう反応をするのですか?」

「それはまた来てもらえるように、こうして綺麗におめかししたり・・・

私に頼んでおもてなしをするようにするのね。

みんな、何回か桜様のお世話をするうちに、

お世話をしなければ・・・という気持ちになるのよ。」

「失礼なことをされたり、気に入られなかったりしたら・・・?」

「和田さんを見たでしょ?無礼な態度を取ればあんな目に遭うのだと思うわ。

お世話を途中でやめたり無礼を働けば許さない。

どこにいてもきっと何らかの形で罰を与えると思うわ。

桜様は一度でもこの庭に入った人は覚えてらっしゃるから。」

「・・・・にわかには信じられないですけど」

おばあさんは熱心に私に話をしてくれたが、半信半疑だった。

本当にそんなことがあってたまるものか。怪談話にもならない。

偶然に他ならないおばあさんの願望なのだろう。

私はその話に適当に相槌を打って、おばあさんに賛同するふりをすることにした。


夜九時も近づき花見がただの宴会に変貌した終盤、

いつも一緒に作業している五十代の男性が

「トイレが混んでてよぉ~」と庭に戻ってきた。

この家のトイレは一つ。

どうやら入れなかったらしい。

「桜島さんったら、我慢しなさいよぉ」と加藤さんもほろ酔いで声をかける。

名前は知らないが桜島さんと言うらしい。いつもはあまり喋らない硬派な男性だ。

「・・・もう我慢できねぇ・・・」

桜島と呼ばれた男性は庭の片隅で皆に背を向けた形で立小便をし始めた。

他の人たちはあーあと言った顔で、最初こそぎょっとしたが、またわいわいと宴会の続けた。


だけど、私は見た。

桜島さんの上空、桜様の枝が風もないのに一部が大きく揺れ、太い枝がミシっと折れて・・・・

立小便を終えてご機嫌になって戻ろうとした桜島さんの頭に直撃した。

桜島さんは一瞬驚いた顔をして衝撃に顔をグニャっと歪めて・・・

その場に倒れた。


その場にいた人たちは悲鳴を上げて、桜島さんに駆け寄った。

桜島さんは口をパクパクさせて意識を失った。

「救急車だ!」

「桜島さん!桜島さん!」

「タオルタオル!」

悲鳴となんとかしようとする声でその場はぐちゃぐちゃになった。


私は無意識におばあさんの方をゆっくりと振り返る。

おばあさんは私の視線に気づいてにっこりと微笑む。

「ね、言ったとおりでしょ?

はぁ・・また救急車ね・・・これで何人目かしら・・・」

「・・・・」

怖くて言葉がでない。

そのまま目をそらして桜様を見ると桜の花びらを散らしながら

————— ざまぁみろ —————

枝を揺らして喜んでいた。

この瞬間この桜に意思があることをはっきりと確信した。

おばあさんは言っていた。

————— 一度でもこの庭に入った者の顔を忘れない。

        世話を途中でやめる者を許さない—————


遠くから救急車のサイレンが聞こえる。


私はこの桜からもう逃げられないのではないか?

とんでもないボランティアに参加してしまったのではないか。

これはボランティアなんかじゃない・・・服従だ。


私は桜様を凝視する。

桜様は喜んで枝を揺らして真っ青な顔の私に綺麗な桜吹雪を降らせる。


ー完ー





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