第53話 杏里と千聖

 結局、しばらくはオレを取り合う二人のキャットファイトを間近で見せつけられていた。


「お兄さんとお買い物は初めてですね」


 そりゃ、千聖と会ったのは少し前に行ったテーマパークが初めてであり、買い物が初めてなのは珍しくもないだろう。

 彼女は出会って間も無いオレを恋人に定めていることで得られる新鮮さもあってか、いつも以上に笑顔が輝いている。

杏里との買い物とはまた違った楽しさがあるのだろう。


(ふふふ、楽しいですね……今日は一日お兄さんと一緒に居られるんですよね。楽しみです……)

「買い物はどこに行くんだ?」

「服を買うので、デパートの方に行こうと思っています」

「そうなのか?」

「はい、お兄さんも何か買う物があればついでに済ませておきましょうか?」

「いや、急ぎで買いたいものは特に無いかな」


「それじゃあ、行って参りますね」

「お嬢様方、いってらっしゃいませ」


 千聖は杏里やオレと話している時はそこまでお嬢様という感じはしないのだが、使用人と話す際には葉山家令嬢、葉山千聖として立ち振る舞い、しっかりとしたお辞儀をしている。その姿を見ると、本当に彼女は名家のご令嬢なんだなと感じてしまう。

 葉山家と言えば、日本でも有数の名門である。

 歴史のある家柄らしく、昔から政治家を輩出してきた一族でもあり、日本を裏から支配しているとも言われるくらいの影響力を持つ家でもある。

 そんな彼女がなぜこの学校に来たのかは分からないが、家庭の事情に部外者が口を出すのは野暮と言うもの。深く詮索する気は無い。

 彼女の実家の事について考えていると、彼女の心の声が聞こえて来た。


(お兄さん、そんなに見つめられても困ります)


 無意識のうちに彼女の顔を見つめてしまっていたようだ。彼女は少し頬が赤らんでおり、目を泳がせている。そのスピードは大海原を海遊するマグロに等しい。


(もう、お兄さんったら……)


 オレも自分の行動に照れてしまい、そっぽを向いてしまった。しかしながら反対側にあたる左側は妹がおり、千聖と合わせて両側はガッチリとホールドされている。


「兄貴、ちゃんと歩幅合わせなさいよ!」


 オレと妹とでは体格が全く違い、オレと比べたら断然小柄な妹は歩幅が合わず、妹はオレに遅れを取りがちであった。

 そうなるようなら、手を離して歩けと言うのは禁句である。かなり前だが、以前にもそれを言ったことはある。


『んぅ……お兄ちゃん離れないで……』


 小学生時代、虐められていたオレは当時夏場というのもあり、しきりに抱き着いてくる杏里に少しだけ離れるようにお願いした。

 返ってきた言葉が離れないで、であり、思い返せばこの時点からヤンデレ化の兆候はあっただろう。


「あのさ、二人とも歩きづらいから離れて欲しいな」

「は? 兄貴が変なことしないように見張ってるだけなんだけど!」

(お兄様がイケメン過ぎて悪い虫が寄って来るのは目に見えております。不肖田中杏里、危険な女が寄り付かないようにブロックを徹底すべきだと誠に勝手ながら判断しました!)


 妹は謎の使命感を発揮しており、いもしないオレを狙う悪い虫とやらをオレの周りから駆除しようとしている。

 確かに、ブラコンの妹からしたら兄貴が女子と仲良くするのはあまり快く思わないだろう。それにしてもやり過ぎと思わなくはない。

 こういう姿を見ていると、杏里が昔から人格的には何一つ変わっていないと実感できる。オレは変わらず二人にくっつかれながら、目的地に向かって歩いて行く。


「そう言えば、千聖がいるとは言え、家族内では杏里と二人で買い物とか久しぶりだな」

「まぁ、小さいころは何度か行ったことはあるけどね。兄貴ってばすぐどっか行っちゃうし、あたしのことほったらかしにしてさ……」

(お兄様はあの頃あたしが苦手だった人混みに進んで入っていきましたよね……)


 杏里は唇を尖らせ、少しいじけた表情になっている。昔の事を思い出しているようだ。

 杏里が小さい時はよく一緒に買い物に出かけていた記憶がある。その影響か、彼女は買い物が好きなようで、一人で出掛ける事も多い。

 当時の妹は虐められていたのが原因で酷い人間不信になっており、人混みは大の苦手だった。

 オレは少しずつでも慣れてもらおうと、偶に休みの日を使って杏里を買い物に連れて来ていた。

 しかしながら妹の人間不信はそう簡単に克服できるものではなく、妹を目に見えるところに座らせて、頻繁に彼女の様子を見ながら一人で買い物をすることが大半だった。


(お兄様はあたしの弱い所に向き合ってくれた勇者様。えへへ、弱いあたしを愛してくれて、うれしい、うれしい)

 

 杏里は頭をぐりぐりとオレに押し付けてくる。

 昔から彼女はスキンシップが激しく、ちょっとしたことでもすぐにハグを求めてきた。

 そのたびに妹から甘えん坊と言われたが、これは杏里の愛情表現なのだ。決してやましい気持ちは無い。


「兄貴なんて、兄貴なんてアホのくせに!」


 昔と違うのは距離を一定に保つ目的でオレを罵倒することくらいだが、心を読めるオレからすればそれも可愛いものでしかない。オレ達はデパートへと向かい、目的のものを買っていく。


「この服可愛い」


 レディースの服専門の店に入ると、早速服選びを始める妹。千聖は少し離れた所で待っているが、時折こちらを見て微笑んでいる。


「なんだよ?」

「いえ、お兄さんってとても妹想いなんだなって思っていました」


 杏里は趣味で色んな服を持っており、気に入った服を見つけると忘れ物と称して自分の部屋ではなくオレの部屋に置いていくのだ。

 今日も新しい服を着て嬉しそうに笑う姿を見ると、オレの心はとても満たされる。

 妹の好きな服の種類はシンプルな物が多く、白系がお気に入りらしい。

 今着ている服もへそ出しのTシャツに、デニムパンツと言うシンプルでボーイッシュなスタイル。普段あまり化粧などに興味が無い妹で、時々リップクリームを塗っているくらいで、ほぼすっぴんに近い。

 髪は長い方だが、後ろで一本にまとめており、その姿は男勝りの格好良さを感じさせる。

 千聖はそんな彼女を見て、満足げにうんうんとうなずいている。


(お兄さんの妹だけあって、千聖ちゃんも似合いますね)

「ねぇ、兄貴、これどう思う?」

「ああ、いいんじゃないか? お前にはそういう服が似合うと思うぞ」

「じゃあ、試着してみるね!」


 妹は店員に声を掛け、そのまま試着室へと入っていく。

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