第3話 天使の皮を被った悪魔
オレの心は彼女の言葉によって削られていく。しかし、ここで弱みを見せてはいけないと自分を奮起させ、何とか踏ん張る。
「よしっ、では私は行くからな」
(大学生になったら結婚指輪を買ってやろう。気に入ってくれるだろうか。気に入らなければ、私の愛を教えなければならないがな)
軽くそう言い残し、校門へ戻っていく鈴音。心の声は全然軽くなくセメント質であり、これが彼女の本性だと知った。
「まさか鈴音さんまでオレのことが好きだったなんて」
色恋沙汰とは無縁の堅物かと思っていたけど、その愛は重すぎる。
「あぁ、どうしよう。今日一日無事に過ごせるかな」
彼女の心の中を覗いたことで、オレに注がれている愛情の深さを知り、身震いしてしまう。
まだ見ぬ病み女子との出会いも含め、これからの生活を考えると胃がキリキリ痛み出し、このまま教室に行くことさえ怖くなる。
いや、この能力が発現したのは素直に喜ぶべきだろう。これで杏里の好感度が見えるようになり、杏里の気持ちを知ることができるようになったのだから。将来の監禁対策もできるわけだし。
教室のクラスメイトたちは癒しだ。好感度20から30くらいの人で埋め尽くされ、オレのことなんて蚊帳の外に置いていてくれる。
いや、もちろん普通に好かれるなら嬉しい限りなんだけどさ、激重な愛は普通に嫌というか。
朝から全力の愛をぶつけられたことにより、オレの心は割と擦り切れ、疲弊していた。体は鉛を乗せたように重く、ぐったりと机に突っ伏すその様は波打ち際に打ち上げられたトドである。
そんなわけで授業に身が入らず、なんとかノートに書き留めていくので手一杯。そのままの調子で二限までを越し、90分の授業時間と引き換えに10分の休み時間をゲットする。
「はぁー、疲れた」
「英二くん、大丈夫? さっきからぐったりしているけど」
オレのことを心配して来てくれたのは、誰にでも優しく接してくれるクラスのアイドル、箱根のあだ。のあさんは金髪碧眼の美少女で、腰近くまであるロングストレートヘアーを後ろでまとめており、その髪からは甘い香りが漂ってくる。
身長は高く、165センチくらいだろうか。スタイル抜群であり、胸も大きい。その体には無駄な脂肪がなく引き締まっているため、女性らしさを感じつつもシャープさを兼ね備えている。そして顔立ちは綺麗な輪郭をしており、その整った容姿は見る者を虜にする魅力がある。
「ああ、ちょっと昨日眠れなくてね」
「そうなの?」
「ん? あり?」
「どうかした?」
よくよく見ると、のあさんの頭上には『119』の数値が浮かんできていた。
「いや、なんでも」
「そうなんだ」
(ふふ英二くんったらうぶで可愛い。今すぐにでも襲って食べちゃいたい)
内心が明らかになるのは学校のアイドルと呼ばれ、神格化されているのあさんとて例に漏れず、その本性がオレの目の前に容赦なく曝け出される。
「ぼーっとしちゃってるけど、保健室行った方が良いかもだよ。私が連れて行ってあげるからさ」
(体育倉庫に連れて行って既成事実を作るのも良いなぁ)
「あ、いやぁ、ちょっと寝不足でさ」
昨日まで天使だ女神だと思っていた学校のアイドルの裏の顔は、オレを狙った狼でした。
「私保健委員だから、こういう時こそ頼って欲しいな」
(既成事実既成事実既成事実既成事実既成事実既成事実既成事実既成事実既成事実既成事実既成事実既成事実既成事実既成事実既成事実既成事実既成事実既成事実既成事実既成事実既成事実)
「いや、間に合ってるから!」
「え、いきなり大声上げてどうしたの? やっぱり何かあったんじゃないかな。早く保健室行こ?」
(うひひひ、理由付けは完璧、後は彼を連れて行くだけ)
彼女の影響力は大きく、みんなのあさんの意見にオレが従うべきだという空気を出してくる。
藪からは毒蛇が出て来そうな勢いだが、のあさんに楯突いてまだまだ長い学校生活が確実に危ぶまれるくらいなら低い可能性に賭けるしかないだろう。
「保健室、行こっかな……」
「行きたくないって言ってんだから無理に行かせる必要ねーだろ」
「えっと、橘美咲さんだよね」
橘美咲はこの学校はおろか、その周辺でも名の知れた不良であり、悪い噂しか聞かないような人だ。
染められた茶髪は背中辺りまで伸びており、前髪をヘアピンで止めている。目つきは鋭く、常に眉間に力を入れているため睨んでいるように見える。
そんな彼女は校則なんて関係なく、いつもジャージ姿であり、その姿は男子生徒にとって目の保養になるらしい。
「お前らみたいな偽善者集団と一緒にいると不快なんだ。消え失せな」
「え? でも、体調が悪い時はみんなで支え合うものだと思うんだけど」
(なにこの女。私と英二くんの恋路を邪魔しようとしているの?)
「うるさい。お前らのやっていることはただの自己満足だ」
彼女はおそらく自分のために動いたのだろうが、オレとしては願ったり叶ったりといった安堵の心境である。
のあさんは美咲に表向き理不尽に止められた被害者を演じており、クラスメイトたちの同情を集めていた。
「美咲さん酷いよ。のあちゃんは田中くんを助けようとしているだけなのに」
「不良には彼女の優しさが分かんないんだろうな」
「こんな奴無視して彼を保健室に連れて行きなよ」
「ううん、みんな待って」
クラスメイトたちが団結してはみ出しものである美咲を排斥する動きになりそうであったのを、他でもないのあさんが制する。
みんなは長年訓練し、統率された軍隊のように彼女の合図でぴたりと止まる。
「私の心配が行き過ぎていたのはあると思うの」
彼女は美咲に追い討ちを掛けるかと思いきや、反対に助け舟を出す。当然美咲はのあさんから塩を送られるのを快く思っておらず、不快そうな表情をしている。
「彼女の言う通り彼はきっと大丈夫。だから、ね?」
彼女が可愛らしくウィンクすると、みんなは一斉に賛同の意を示す。それだけのあさんの影響力が大きいことを示しており、彼女のカリスマ性の高さが窺える。
「のあの言う通りだ。あいつは一人でも大丈夫なんだよ。むしろ余計なお世話だったみたいだしな」
「そ、そうだね」
「英二くんごめんね。私たち迷惑かけちゃったかな」
「……いや、気にしないでくれ」
「じゃあ私たちはこれで行くから」
オレはなんだかんだでのあさんに体育倉庫に連れ込まれずに済み、貞操帯を守ることができた。
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