第4話 表と裏
オレも例に漏れず、橘美咲のことは好きではなく、苦手な部類に入る人間だが、今回ばかりは彼女はこのことを把握していないとはいえオレを救ったMVPであることを、オレは心の片隅に秘めておく。
休み時間が終わり、先生が教室に入ってくる。不良の美咲は自分の席ですでに居眠りに入っているが、先生も彼女のことに関しては匙を投げており、注意などはされず放置状態なのが現状である。
オレはのあさんの好感度や心の声に注目する。好感度は119のまま変化無しであり、思考もオレとの既成事実を作ることに執着している。
(あの不良女に邪魔されるのは想定外だったよ。あのままクラスを使って学校内では社会的に抹殺することはできたろうけど、元々クラスで浮いてる奴をより嫌われ者にしただけだとあまり変わらないし、どうせなら将来手に入れる予定の権力を使って地球上に居場所が無くなるくらいに徹底的に追い詰める方が面白いよね)
のあさんは学校内で模範的な生徒として、授業中は先生の言うことを聞きつつ、こまめにメモを取って勉強に励んでいた。
一方で彼女の思考は先程邪魔をしてきた美咲について恨みつらみを述べており、将来的に彼女を社会的に抹殺する計画を立てていた。
「兄貴またぼっち飯なの? ダッサ」
(お兄様に雌豚はまとわりついていないみたいですね。ふふ、お兄様を顔だけで判断している面食いばかりで反吐が出ますが、あたしが彼を独り占めできるからそこは嬉しいですね)
「お、おう。ダサくて悪かったな」
ぼっちのオレは教室の騒がしい空気が苦手であり、人が来ることが滅多に無い裏山近くのベンチに座り、ぼっち飯と洒落込んでいる。
妹はメスガキみたいに毎日オレを小馬鹿にしており、オレが食べるのを邪魔してきていると思っていた。実際昨日まではウザくてたまらなかったが、今日こうして心の声を聞くと、オレを独り占めしようとしていたのが本来の目的であることが判る。
「兄貴ってほんと哀れだよね。あんまりに哀れだからあたしでも同情しちゃうよ」
(お兄様を大切に思わなきゃですね。彼の妻として、あたしの全てを捧げても尽くしますよ)
杏里は口やぱっと見の態度だとオレを小馬鹿にしまくり、それを利用して合法的にとばかりにオレの手を自分の胸に押し付けてきた。
「ほら、あたしが近くにいてあげるから喜びなよ」
(お兄様の手の感触があたしの胸に直に、直に! 伝わってきます! あぁんっ……幸せですぅ。もっと、もっと強く揉んでくださいぃー。あ、ダメッ。油断したら声出ちゃいますぅ~。こんなところで、誰かに聞かれたら大変ですよぉ。ああっ、もう我慢できません。今すぐここで愛し合いましょう。えへへ、あっ、いけないいけない。まだ本性を出してはいけません。まだツンツン杏里ちゃんを演じなければ)
「お前妹だしいつも近くにいるだろ」
多分、オレから追及したらボロが出るだろうけど、そうしたら並外れてイカれた思考の持ち主だ、計画を組み替えてでもオレを力づくで監禁してくる可能性が高い。
杏里は身体能力が高く、インドア派のオレと組み合ったらまずオレの方が負けるだろう。動かざること山の如し、ここは静観に徹し、様子を見るべきだろう。
「学校じゃ離れてんじゃん。そんなのあたしを遠ざけたいがための小細工にしか聞こえないんだけど」
「そうか?」
「ふん、馬鹿すぎて突っ込む気にもならないわ」
(お兄様のお側に一日中寄り添うのが妻であるあたしに与えられた役目。それを放棄しては、周りの虫に付け入る隙を与えてしまう)
「あ、兄貴、虫が付いてるよ」
「昨日も何回か付いてるとか言って触ってきたよな」
「別の虫だって。良かったじゃん、虫には好かれてるみたいでさ」
(盗聴器を回収して午前中の彼を把握しなければ、箱根のあの動向が気になるところですからね。あんな清楚ぶった糞ビッチに狙われるなんて、お兄様も災難ですね。お兄様のお側に常に居られるなら、あの程度の女なんてあたしの敵ではありませんが、それでも念のため対策は練らないと)
「じゃあ取ってくれ」
「いいよ、こっち向いて」
(よし、お兄様が素直に聞いてくれて良かったです。これがお兄様にとって必要なことだということは察しているのかもしれませんね。兄妹ということで血が繋がっていますし、もしかしたら遺伝子レベルで相性が良いのでは?)
杏里はオレの首筋に付いているであろう盗聴器を取るため、オレの頭を強引に自分の方へ向け、顔を近づける。
(あはっ、近い! キスできそうな距離にお兄様の顔があるんですけど!? 幼稚園の頃から換算して、これまで明確に覚えている分では10521回しましたが、今回はうっかりやってしまった風にしてキスをしましょうかね。新たなる扉を開けるという意味合いでは、こうした余興を執り行うのもありでしょう)
「じっとしてなさいよね」
(あぁ、お兄様の唇っていつ見ても素敵。早く食べてしまいたい)
「おう」
オレは妹のなすがままになり、杏里はオレに取り付けた盗聴器を取ろうと首元に手を伸ばしてくる。
案の定事故を装ってオレに足払いをかけてきたので、オレは上手くかわしてみせる。彼女は彼女で本性を隠す手前深追いをする気は無く、一回失敗をしたらすぐに諦めた。
杏里はオレの髪に取り付けていた盗聴器を取ると、オレの隣に我が物顔で腰を掛ける。
「そんなにオレが嫌いなら一緒に食べる理由なんて無いだろ」
「別に? ただ動くのがめんどくさかっただけだけど」
(お兄様と一緒にご飯を食べるのが楽しいからに決まっているじゃありませんか)
彼女は素気なく答えると、盗聴器を胸ポケットにさらりと隠し、イヤホンを耳に入れて自分の世界に入る。
(えへへ、お兄様の声を加工して好き、愛してる、結婚しようと言わせてみました。あぁ、やっぱり録音する価値がありました。現在技術は便利です。一度お兄様が言った言葉をいつでも聞けますものね。同じ言葉でもアクセントが違いますから。それにしてもお兄様の隣で聞くとちょっと刺激が強いですね。背徳感からでしょうか。ふふ、もっとあたしを愛してください! そしていつかは……ふぅ……はぁ……だめっ、妄想だけで興奮してしまいますぅ~。ああっ、今すぐお兄様と一つになりたい。心も体も全て捧げたい。でも、まだその時じゃ無いんですよねぇ~。お兄様があたしの全てを受け止めてくれるまでは、我慢しないと。ああっ、でも、愛しています! お兄様ー!!)
「……」
「…………」
「…………」
「……おい、どうした?」
「な、なんでもない!」
(はわわわわわわわわわわわわわっ。まさか、今聞かれてないよね? 大丈夫だよね?……いや、でも、さっきのはヤバすぎます。あたしの思考ダダ漏れです。完全にアウトですよ。これじゃ、ツンツンのふりをしている裏では、実はただの変態だという扱いになってしまいます!)
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