第2話 ヤンデレの先にもヤンデレ
「じゃあそのまま口座から落とせ。オレがその分建て替えるからさ」
彼女が財布を取り出し、カードを入れようとする。しかし、焦っていたのか入れようとしたところで手を滑らせてしまい、カードは宙を舞う。そして、そのカードは運悪くオレの顔面に直撃した。しかも尖っているところが当たるなんて運が悪いにも程があるな。
「痛っ!」
「兄貴!」
「大丈夫、これくらい問題ない」
「いや、そうじゃなくてカードが兄貴の石頭のせいで壊れてないか心配でさ」
(あたしがお兄様を傷付けた傷付けた傷付けた)
杏里は表向きは平静を装っていたが、内心ではオレを傷つけたことに対して罪悪感を抱いている。
本性を迂闊に突くと面倒臭いのでオレは適度に心配しつつ、彼女の話に乗ることにする。
「確かに、カードは無事なのか?」
「うん。はあ、兄貴が思ったより石頭じゃなかったからかしら」
(あたしのせいでお兄様を傷付けちゃった。謝りたい)
「そうか、それは良かったな」
「兄貴、電車来たよ」
駅のホームで待っていると、そこへタイミング良く電車がやってくる。扉が開くとオレ達は車内に乗り込んだ。
「兄貴、席空いてるよ」
「そうだな」
「兄貴、こっち座れば?」
(兄貴を他の女どもに取られるわけにはいかない)
杏里はオレの手を引き、強引に席へと連れて行く。壁がすぐそこにある隅っこの席の方へオレを追いやり、隣に腰かける。
「杏里、何でここ?」
「適当に腰掛けただけ」
(少しでも近くに居たかったからです)
「そうか、まぁいいけど」
(兄貴の隣に座れた座れた座れた)
杏里は表向き興味が無さそうにスマホを弄っているが、オレの腕にしがみつき、体を寄せてきている。
「あの、杏里さん? ちょっと近くないですか?」
「別に普通じゃない?」
(もっと兄貴を感じたい。兄貴の匂いに包まれたい)
「い、いや、そんな事は無いと思うぞ」
杏里からは香水に由来する甘い香りがする。香りの感じはオレンジであり、柑橘系の爽やかな甘さが鼻腔をくすぐる。
「ねぇ、兄貴」
(兄貴の吐息を感じる)
「ん? 何だ?」
「……うぅん、何でも無い」
(兄貴、大好きだよ)
杏里は何かを言いかけたが、結局何も言わずに口を閉じた。心の中身が筒抜けであり、彼女のオレへの気持ちが丸分かりだったけど。
電車は順調に走り続け、目的の駅に到着する。
改札を出るとそこにはいつもの通学路が待っていた。この道を通るのももう二年目になる。春になると桜の花びらが舞い散る綺麗な並木通りで、今は桜が散っていくのが見える。
今年は例年よりも開花が早く、卒業式には満開の桜を見ることができた。
「兄貴、春だからってボケボケすんなって」
「いてっ、蹴るなって!」
春のぽかぽか陽気にあてられ、なんだか呑気になっていると、妹に背中を蹴られてしまう。
「兄貴にはしっかりして欲しいからね」
(ボケボケお兄様も好き。お世話したい)
杏里は心の中でだが母性を爆発させていた。あくまで忍ばせているだけかと思っていたけど、落ち着きが無く貧乏ゆすりをしている。それは揺れる頻繁に電車の中でも明らかに分かる程度であり、周りの乗客からもチラチラ視線を向けられていた。
電車は少しして、学校に通じる駅に到着する。
「ほら兄貴、降りるわよ」
(お兄様、未来のお嫁さんとおててにぎにぎしましょう?)
オレは妹に強引に手を引っ張られ、電車を降りることになった。
「杏里、痛いって」
「あ、ごめん」
(お兄様、強く握り過ぎてたかな。でも、離したら逃げちゃいそうで怖い)
杏里は素直に手を離すが、まだ不安そうな表情を浮かべていた。髪に癖っ毛がつくくらいに顔を振り回すと頬を叩けば、すぐにいつもオレに見せる素っ気ない態度になり、杏里は先に歩き出した。
「ふん兄貴、早くしないと遅刻するよ」
(お兄様、あたしと一緒に登校できて嬉しいでしょ? えへへへ、このまま繋ぎ止めておかないと……)
杏里の好感度は案の定上がり、130に戻る。くねくねと体を揺らしており、よくよく見ると嬉しさを隠し切れておらず、口元が緩んでいた。
杏里は学校への到着を間に合わせるためと言い張りながら駅から校門までオレの手を引き、校舎の中に入る前に一旦立ち止まる。
「兄貴、また後でね」
(お兄様、放課後は教室で待っていてください。あたしも授業が終わったらすぐ行きますから)
「ああ、分かったよ」
登校している学校のみんなの好感度は20から30くらい。ナビはこれくらいが基準であると教えている。その中で先んじて学校に入っていく彼女の好感度だけはやはり浮いていた。
「おい田中英二! ネクタイが曲がっているぞ」
好感度を確かめるのに熱中していたオレは、走り寄ってきた風紀委員に話し掛けられ、驚かされることになる。
風紀委員である彼女の名前は美山鈴音。緑がかったショートボブが特徴であり、顔は凛々しい目つきにシャープな輪郭をしており、とても綺麗な顔をしている。身長は高く、170センチはあるだろうか。手足も身長に比例して長く、スタイル抜群だ。胸は小さいが、それが逆に男心をくすぐる。
「すみません。ちょっとぼーっとしていて」
「まったく、しっかりしてくれ」
(貴様は私の旦那だろう)
彼女の心の声が聞こえてきたことにより、オレは目と耳を疑った。目を凝らして美山鈴音の頭上を確かめると、数値が『115』あることを知る。
またパンドラの箱を開けたことを自覚し、体が砂塵のように溶け出す。
「ほら、貴様はこの氷光高校の生徒だろう。もっとその自覚をもって行動しろ」
「はい、気を付けます」
(ふふ、こいつは本当に私がいないとダメだな。今度自宅に誘って猛特訓だ。手取り足取り教えてやろう)
彼女はオレの返事を聞き届けると満足したのか、表情筋を少し緩めていた。
「ふん、だらしない奴め。次から同じ過ちを繰り返したら生徒指導だからな」
鈴音の瞳から光が消えており、オレを見る目は兎を狙う鷹のような鋭さを持っていた。口角は緩んでおり、その表情は希少部位を使った高級ステーキを目の前に出された、その価値とは全く釣り合わない貧乏人のそれである。
「はい、気をつけます」
(全く、私がどれだけお前の事を心配していると思っているんだ。貴様は私の旦那なのだからもうちょっとしっかりして欲しいものだ)
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