第18話 のあさんと約束しました


 妹は呆れた様子でやれやれと言わんばかりに首を横に振った。


「それは悪かったな。今後はきちんと確認しておくようにするわ」

(お兄様、このようにあたしはいつでもあなたのお側に仕える味方ですからね! 困ったことがあれば何なりとお申し付けくださいませ。朝のキスから夜伽まで、肉親ではありますが全力をもってお応えいたします。このようにお兄様の為なら何でも致しますからね!)

「いや、つまらない話をしている場合じゃなかったわ。兄貴、そろそろ準備しないと遅刻するんだけど」


 時刻は6時過ぎ。オレは急ぐ必要が無いが、妹は朝練があるので急がなければいけない。


「そうだな。着替えるか。ちょっと待ってろ」


 オレは妹に合わせるため、制服に袖を通し始めた。


「兄貴、今日はちゃんと寝坊しないで起きたね」

(お兄様の寝顔を見ながら起きたかったですが、お兄様の汗の匂いが心地良いお布団がいけないんですよ)

「そんなに毎日寝坊はしていないだろう?」

「ふん、それでも何回かは寝坊してるんだから、自慢げにされても説得力が皆無なんだけど」

(もっと寝坊してくれても構いませんよ。その方があたしとしては都合が良いのですから。だって合法的にお兄様の部屋に忍び込めるのですよ。お兄様のものを新品と交換する形で盗んだり、お兄様のタンスを漁ったり……あぁ、考えただけで興奮します!!)

「何ニヤニヤしてんの」

「は? 別に笑ってなんかないし。勝手にあたしの表情を妄想しないでくれる?」

(大丈夫です。お兄様に迷惑をかけるようなことはしませんよ。それにしてもお兄様の制服姿、いつ見ても素敵です。写真に収めたいですが、さすがにそこまでしたらドン引きされてしまいますね)


 妹はいそいそと支度を始め、オレはその間に朝食の準備を始める。両親は朝早くから仕事であり、家にはすでにいなかった。

 トーストを焼きながら、目玉焼きを作る。サラダを盛り付け、コーヒーを二人分用意すると妹の方が終わったようだ。


「それじゃ、いただきます」

「うん、いただきます」


 ご飯を前にした妹の笑顔は本当に可愛らしい。昔からこの笑顔に癒されている自分がいる。

 妹はオレが作った料理を美味しいと言って食べてくれる。それがとても嬉しく感じるのだ。


「ふん、今日はなかなかの味ね。悪くないんじゃない?」


 やはり表だけ見ると素直じゃなく、ぷんぷんと頭から湯気を飛ばしている。ツンデレのフリをしたヤンデレ妹は心の中ではオレに心酔しており、本音と建前の使い分けが凄まじい。


(ぐへへぇ、お兄様の料理は世界中のあらゆる料理の中で一番ですよぉ。こんなにおいしいものが食べられるなんて、お兄様の妹の特権ですね。まぁ本当は誰にも与える暇も無く、全部独り占めしたいんですけどね)


 妹にはオレの作った料理しか口に合わないらしく、他人の料理を食べた場合、表では美味しいと言っても裏では不味いと罵倒していたりする。両親の料理も不味いと思っているようで、両親とオレの料理とでは、彼女の食い付き方にはかなりの差があり、それはもう露骨だった。


(このパンも最高です。お兄様のお手製というだけで価値が跳ね上がります。ああ、こんなに最高のパンを作ってくれるお兄様と結婚したい。法律? そんなもの、あたしとお兄様の愛の前には無意味ですよ。お兄様さえいれば何も要らない。お兄様と一緒に居られるのであれば、あたしはどんな苦難でも乗り越えてみせましょう。お兄様、愛しています)

「兄貴、早く行かないと遅れるよ」


 妹とてきぱきと食器を片付けた後、オレたちは家を後にする。妹は自慢のテニスラケットを背負っており、これから部活である。

 学校に着くなり、彼女はグラウンド近くにある部室棟へ駆けていく。


「じゃあ、行って来るから」

(お兄様、あたしがいない間寂しいかもしれませんけど我慢してくださいね。あたしが帰ってきたらいっぱい甘えさせてあげますからね)

「おう」


 妹は素気なく返事をして、そのまま走り去って行った。オレはいつものように教室に向かうとしよう。学校はまだ早朝なのもあってか、賑わいはあまり無く、用事でてんてこ舞いな人たちが忙しい忙しいと走り回っている姿が散見される程度である。


「おはよう英二くん」

(今日も来てくれたね。私の白馬の王子様)


 教室に入ると、好感度がなぜか妹と同じ150に上がっているのあさんが挨拶をしてきた。

 他の取り巻きは連れておらず、一人だけののあさんは新鮮というか、ちょっとした違和感がある。


「おはよう、のあさん」

「うん」

(ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ、英二きゅんに挨拶されたぁ。今日も一日頑張れるよ。早速英二くん成分を補給するために握手しようかな。ぐふ、グヘヘェ……じゅるり。おっと、いけない、私としたことがついよだれが垂れてしまったわ。はしたない女だと嫌われたらどうしましょう。私は清純な女の子というキャラ付けなんだよ、箱根のあ。それは、私の部屋には英二くんの盗撮写真とか、等身大抱き枕カバーが置いてあるのを知られちゃったら、英二くんに引かれてしまうかもしれない。そんなことになってしまっては、私は生きてはいけない。ここは冷静に対処しないと)

「あの……」

「あっごめんなさい。なんでもないの。それより今日も一緒にお昼ご飯でもどうかな!」

「え、でものあさんにはたくさん友達がいるじゃないか」

「たまにはのんびり、二人きりで食べたい気分なんだ。たくさんの人と食べるのも楽しいけど、毎日だと疲れちゃうの」

(わたしの友達は英二くんだけなんだよ。他の人は学校のアイドル、箱根のあを引き立てるための道具にすぎないんだよね。だから友達なんて名ばかりだよ)

「まぁ、別に用事も無いしいいんだけどさ」

「じゃあ決まりだね。場所は中庭にしましょう。天気もいいことだし、きっと気持ちが良いと思うよ」

(ぐへへぇ……英二くんと二人っきりのランチタイム。今日は記念日になるかも。英二くんとの愛の記録として日記帳に書いておかないとね。ぐへへぇ、楽しみすぎて手が震えてきたよ。最近英二くんとあまり話せていないから禁断症状が出ているのかも。あ、そうだ。ついでに、今日のおかずを交換して、味比べをするっていうのはどうかしら? そうすれば合法的に英二くん成分を補給できるし、一石二鳥ね)

「分かった。じゃあ、また後で」

(やったぁ! 英二くんと約束できたよ。これはもうデートと言っても過言ではないよね。今から待ち遠しいよぉ)


 こうしてオレはのあさんの誘いを受けて、二人で昼食を食べる約束をした。断ったらヤバそうだったので。


(もし断られたら、この手錠を使って体育倉庫に連れて行かないとだったよ)

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