第11話 帰り
「ば、馬鹿野郎。そんなこと言うんじゃねえって」
(英二がアタシをかわいいって言ってくれた……)
美咲は頬を赤く染めながら俯いている。
「お前は、アタシのことどう思っているんだよ?」
しばらくして上目遣いで見上げてくる中に含まれるその瞳は不安と期待が入り混じっているように見えた。
「結構良い奴って感じかな」
「んっ……そうか、悪くはねえ、答えだな」
やばい、こんなに可愛いヤンキー見たことが無い。オレは彼女ともっと話したい衝動に駆られながらも、必死に抑え込む。
これ以上一緒に居たら心がさらに揺れ動いてしまいそうだ。
彼女の頭上の好感度は125に上がっていた。オレとの話を楽しんでいたのでこのくらいの上昇は想定内といったところであり、まだ許容範囲である。
「そろそろ帰ろうか」
「ああ、そうだな」
(もう帰るのかよ。もう少しだけ英二と話していたいな。せっかくだし手ぐらい握ってくれたりしないもんかね?)
美咲は何かを期待しているような表情でこちらを見つめてきている。
「じゃあ、行くか」
オレは席から立ち上がると、彼女の方へと手を伸ばした。
すると美咲は一瞬嬉しそうな顔をした後、すぐにその顔を引き締め、仏頂面を作る。
(英二の手だぁ……)
彼女はオレの手に自分のそれを重ねる。そしてそのまま強く握りしめてきた。
「お、おい……」
(こうすれば、もっと仲良く見えるよな。それに、のあの奴もきっとアタシ達の関係に気づいてくれるはずだ)
美咲はオレの腕に抱き着いてきており、柔らかな感触が伝わってきていた。彼女の胸は大きく、腕に押し付けられていることで形を変えており、制服越しでもその大きさがはっきりと分かる程だった。
「英二ぃ……好きだぜ」
(英二の心臓ドキドキしてる……。嬉しいけど、ちょっとだけ怖いな。もしも英二の心を読むことができたら、アタシは嫌われちまうかもしれねえ)
「お、おう」
今のところ友達として好きなんだけどな。はぐらかしたら監禁されるからとりあえずは好きと言っておいた。
(マジで? やった! アタシ達は両想いだな。これで、ますますのあに勝ち目はなくなったぜ。アタシ達の邪魔をする奴は誰だろうと許さねえ。ひひ、もし好きって言わなかったら監禁しちまうくらい好きだからよ、これからも一緒だぜ。英二)
美咲の好感度は130に到達しており、のあさんや妹に並ぶ高い数値となっていた。
オレは彼女のことを恋愛対象としては見ていないのだが、そんなことは関係なく、彼女の好意は本物なのだとは思う。
「こうやってくっつくことでよ、アタシの気持ちが分かって良かったな」
美咲は満足げな笑みを浮かべて、そう言ってきた。心臓の音が聞こえてきているのを気持ちに喩えるとは、美咲は見た目に反してやけに詩的である。
「……まあな」
「じゃあ一緒に帰ろうぜ」
「あんまりくっつくなって。暑いんだから」
オレは彼女の分も奢る形でお金を払い、店を出てしばらく歩いた先にある駅で一緒に電車を待っていた。カフェではカレーライスも食べ、すっかりと満腹である。
「カフェでお金払ってくれたお返しだ」
オレはベンチに座って寛いでいると、美咲が隣に座った。彼女は肩を寄せてきていて、オレに体重を預けてくる。シャンプーの匂いだろうか、甘い香りが漂ってくる。
「別にいいって言っただろ?」
「そういうわけにはいかねえよ。英二は良い奴だからな」
(この調子で杏里やのあの臭いをアタシの匂いで上書きしていくか。こいつはアタシに気を許しているみたいだし、利点は最大限に利用しないとな)
オレが美咲に対して抱いている感情がバレると大変なことになりそうなので、彼女に対しては『友人』という立ち位置をキープしていこうと思う。
美咲は相変わらずオレの腕にしがみついたまま離れようとしない。そんな彼女に話しかけられると、周囲の視線を痛いほど感じるのであった。美咲は見た目だけなら有象無象にも評価されており、そうした面では男子からは羨望の眼差し、女子からも憧れのような目で見られているのだ。やはり美少女は正義と言えるだろう。ただ、人格面では叩かれまくっているので可愛ければなんでも許されるというわけではないのが実情だ。
「そうだ、礼として飲み物買って来てやるよ」
「いや、大丈夫だって」
「気にすんなって。ほら、そこで待ってろよ。すぐ戻ってくるからよ」
美咲はオレの言葉を遮りながら立ち上がってしまった。
仕方なく待っていると、彼女はすぐに戻ってきた。その手にはりんごジュースと缶コーヒーが握られており、オレはりんごジュースを選んだ。
まだ春ではあるが、暖気が篭ると暑さはなかなかのものであり、冷たい飲み物が心地よい。
オレがプルタブを開けると、美咲も同じようにして開ける。プシュッと言う小気味の良い音と共に、炭酸の泡が溢れ出てきた。
「それ美味しいのか?」
「ああ、結構いけるぞ」
「そうなのか?」
(人数分頼むのが暗黙の了解である店で分け合うのってマナーとしてあまり良くないって聞いてたから、こういう時は遠慮しないといけないと思ってたんだが、英二が良いっていうなら飲んでもいいよな)
美咲は缶に口を付け、ゴクゴクと喉を鳴らして飲み始めた。その姿はまるでビールをあおるように見えてしまい、思わず吹き出しそうになる。
「ぷはぁー。うめーっ」
(英二の唾液、ゲットだぜ!)
「お前、今なんか変なこと考えていなかったか?」
「何のことかな? アタシは変なことは何も考えてないぜ。それより、英二は何を考えていたんだよ」
「え? 随分と美味しそうに飲んでいるなってさ」
美咲の飲みっぷりは、思わずこっちもまた飲みたくなるくらいに豪快だ。
「そっか? 普通だと思うけどな。英二も飲めば分かるって」
美咲はグイッとオレの方へ顔を寄せてきた。彼女はヤンキーという立場を利用して、強引にオレとの距離を強かに縮めようとしていた。
「お、おい、近すぎるって」
(英二の顔が近いぜ。こんなチャンス滅多にねえから、もっと近くで見たいな。それにしても、英二の肌綺麗だな……)
「おい、あんまり近づくな。恥ずかしいだろ」
(なんで顔を赤くしているんだ? アタシに照れてる? ひひひ、可愛いな。もっといじめたくなっちゃうぜ)
「あ、ちょっと近くに寄っただけだろ。そんなに怒ることねーじゃん」
「別に怒ってはいないんだが……」
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