第12話 電車にて

「まあ、そんなことよりさ。今日は楽しかったな」


 喫茶店では放課後から夜まで実りのある話ができて楽しかった。学校をサボりがちで話す機会が無かった彼女とコミュニケーションをとれたのが嬉しい。


「ああ、また行こう」


 オレ達は電車に乗り込むと座席に座ることができた。この時間帯は帰宅ラッシュと重なっており、車内はギュウギュウ詰めになっている。そのおかげでオレと美咲の距離は物理的にかなり近付いており、互いの息遣いすら聞こえる程だ。


「あー、満員電車って嫌だよな。暑苦しいったらありゃしない」

「まぁ、そうだな。ちっと苦しいわな」

(英二にもっとくっつきたいんだけど、無理だな。衆人環視の中じゃ仕方がねえ、我慢するか。それにこの状態だと英二の匂いが嗅ぎ放題だし、これはまたとないチャンスかもしれん)


 オレは隣で手を仰いでいる美咲を意識すると、彼女の体温や胸の膨らみを感じてしまう。


「そういえば、さっきから気になっていたことがあるんだけどよ」

「なんだ?」

「いや、別に大したことじゃないんだけど、どうして英二は制服を着崩さないんだ」

(着崩したら荒っぽくなって、また別の切り口の英二が出て来るんだろうな。ああ、見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい)


「それって窮屈じゃないか?」

「別に苦にならないぞ」

「マジかよ。その割には汗が割と出ている気がするが、それは大丈夫なのか?」

「確かに暑いとは思うが、我慢できないほどではない」

「そっか、アタシなんてすぐ脱いじまうぜ」

(アタシなんて、ほら、胸元を少し見せてるんだぜ。見ろ、見ろ、えへへ)


 オレは彼女の心の声に導かれ、美咲が暑さに耐え切れずに開いたワイシャツの胸元に目が行ってしまう。

 そこは男のオレにとっては妹の体以来の禁断の領域であり、その先にある柔らかそうな双丘を想像してしまうと、どうしても生唾を飲み込んでしまうのだ。


「……」

(やべぇ、英二に見られている。どうしよう、興奮してきた。このまま押し倒してしまおうかな)


 美咲の首筋は水玉のようになった汗が滲んでおり、それが鎖骨、ひいては胸元へと垂れていく。オレはその光景を見て、思わず目を奪われてしまった。


「英二、どこ見てんだよ。ははーん、お前も男だな」

「別にそういう訳じゃなくてだな……」

(嘘つけ。英二はアタシの胸に釘付けだったじゃん。うひ、英二はアタシを女として見てんだな。嬉しすぎるぜ)

「ふーん、アタシは別に気にしないぜ。むしろ、お前なら良いかも」

(英二の視線、すげえ気持ちいいぜ。もっと舐めるように見てくれ。そして触ってくれ!)

「……え?」

「なんでもねえよ。それより、もう少しだけくっついてもいいか? 暑くて限界だ」


 美咲はそう言うと、オレの肩に手を置いて更に体を密着させてきた。オレの腕に当たる柔らかい感触に心臓が激しく脈動する。

 満員電車を理由に遠慮無く寄ってくる彼女に、オレは理性を保つだけで精一杯であった。


(英二は女子への耐性が著しく低いみたいだな。こんなに接近できるなんて最高だぜ。オロオロしてる姿もかわいいな)

「ちょ、ちょっと待てって。これ以上はダメだって」


 美咲のおっぱいが当たっている。服越しでもすごく弾力があり、見ていなくても柔らかさや温もりによって触っていないと誤認させることさえ叶わない。


「なんだよ、アタシがくっついているのに文句でもあるのか?」

(英二はアタシのこと嫌いなの? そんなことないよな。。好き、好きだからもっとくっつこうぜ)

「いや、だから……さ」

「はっきりしろよ!」

(あぁ、もう我慢できねえ。キスしたい。英二の唇、どんな味がするんだろう。甘いのかな? さっきはりんごジュースを飲んでたから、きっと甘いんだろうな)


 美咲の目から光が消え、口の端からは涎が垂れてきていた。ヤンデレヤンキーはオレを標的に、いよいよ我慢が効かなくなってきているのだ。


(ああ、食べたいな。食べたい食べたい。英二の舌をしゃぶりつくしたいなぁ。英二の唾液は甘いんだろうな。あぁ、早く舐め回してえなぁ)


 美咲はオレに抱き着くと、首筋に鼻を押し当ててくる。歪んだ思考とは打って変わり、彼女は匂いを嗅ぐことで落ち着こうとする習性があるようだ。


「ふふっ」

(ああっ、英二の匂いに包まれてアタシは幸せだ。ああ、もう死んでも良いくらいだよ)

「お、おい。何をしているんだよ!?」

「ん? 何って、ちょっとねみぃからよ、知ってるお前に体を預けてるだけだ」

(ああ、この感じ、たまらんわぁ。ずっとこうしてたい。英二の体に顔を擦り付けて、いっぱい甘えたい)


 美咲はそう言うと、オレの肩口に頬ずりしてくる。


(ああ、これだ。これが欲しかったんだよ)


 彼女の表情はとても満足気で、幸福に満ちたものだった。目から光が消えているけど、顔は可愛らしい。

 しかし、それと同時にどこか物足りなさそうな感情を漂わせており、それがオレの心を刺激してくる。


「ねぇ、疲れたからもっとくっつきたいんだけど、いいよね?」

(もう無理。我慢できない。我慢したくない)

「うん……仕方ないな」


 彼女はオレの返事を聞くと、すぐに背中へ手を回してきて、更に体を強く押し付けてきた。


(やった! 英二ともっと仲良くなれそうだぜ。やっぱり、こういうのはスキンシップが大事だよな。アタシも好きな人とイチャイチャするのは大好きだし、これは絶対に外せないよな。アタシが英二の所有物だってこと、教えてやらねえと)


 美咲はオレの耳元へ口を近づけると、息を吹きかけながら囁いてくる。


「英二、アタシたち良いダチになれそうだな」

(英二、愛してる。アタシの側にいて欲しい。誰にも渡したくなんかない。お前の全部を知り尽くして、アタシだけのものにしたいんだ)


 その言葉には強い執着心が見え隠れしており、同時に狂気じみた愛情が垣間見えている。誰も喋らない夜の電車の中、彼女の狂気はオレ以外の誰にも悟られないまま空気中を漂い、霧散していった。

 面と向かって話している時は気の良い姉ちゃんみたいな印象だが、裏ではオレに依存しまくりの妄想しまくりヤンデレヤンキーの美咲は明るい笑みをオレに振り撒きながら、心の中で呪詛じみたオレへの愛を囁いている。


『間も無く次の駅に到着します』


 オレと美咲は同じ地域に住んでおり、当然降りる駅が一緒というのもあって、電車内で密着したままである。

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