第10話 喫茶店
「テニス部に入ろうと思っていたしな。せっかくのことだ。後輩とのコミュニケーションを取るのも先輩の仕事ってもんよ。ま、アタシはそういうの苦手だけどな」
「美咲は優しいよ」
「そうか? ま、いいけどよ」
美咲は照れているのか、頬を赤く染めながらオレンジジュースを飲む。
彼女の可愛らしい仕草を拝むのはオレだけの特権である。彼女を知らない他の連中は、こうした彼女の愛らしい部分に触れようともせず、ただの不良だと思っているに違いない。
(英二がアタシのことを気遣ってくれてる。所有物の状態を確かめ、適宜手入れをしてくれるなんて、やっぱりこいつは最高だ)
「小腹が空いたな。アタシはサンドイッチとコーヒーを頼もうと思うんだが、お前はどうするんだ?」
テンションが上がっており、落ち着きの無くなった彼女の耳から垂らされたピアスが振動によってジャラジャラと動いている。
「じゃあ、同じものを頼むよ」
(英二と同じものを食べれるなんて、夢のよう)
「マスター、コーヒーとサンドイッチを二つずつ頼めるか?」
注文をすると、少し時間を置いてから美味そうなコーヒーとサンドイッチが卓上に提供される。
「じゃ、食うか」
「ああ、頂こう」
「うめえ!」
美咲は満面の笑みを浮かべながら、豪快にサンドイッチに齧り付く。彼女の食べ方はガサツなものからはかけ離れた丁寧な仕草であり、育ちの良さが垣間見える。ヤンキーはオレに執着するための環境を整える演技だし、こうした意外な一面があるのはあまり驚くことではないかもしれないが。
「これについても話しておきたかったんだ。それにしてもお前の周りにはのあを始めとした優しそうな女が寄ってくるよな。ぼっちの割には恵まれてんじゃねえの」
「のあさんとか鈴音さんは誰にでも優しいだけだって」
今日になって病みまくったおかげでオレにやたらと執着しているというのが発覚したわけだけど、今のところは大胆な行動に出て来ることは無いし、しばらくオレの貞操帯は無事なはずだ。
「そんな事ねえって。のあのやつ、昼間アタシに威嚇するような目で見てきたからな。あいつは選り好みするタイプだ。ま、そんな事はどうでもいいんだけどな。アタシもあいつとは仲良くする気はないわけだし、お互い様だ」
(それに、あいつは英二のことが異性として好きみたいだ。美少女がみんな最高のイケメンである英二の事を好きになるのは当然だ。アタシだって英二の事が好きで好きで仕方がないくらいなんだから。でも、あいつだけは絶対に許せない。英二に媚を売りまくってアタシから唯一の拠り所を奪おうとする悪魔め)
美咲は考え込むように腕を組みながら視線を落とし、ストローを噛んでいる。
「お前って、のあのこと嫌いなのか?」
「んー、別に。でも、あいつはなんかいけ好かないんだよな。周りにクラスメイトを従えて猿山の大将を気取っているみたいでよ、気に入らない」
「それ嫌ってね?」
「……アタシとあいつは水と油みたいなもんだ。仲良くなる余地は一切無い。お互いに嫌い合っているからこそ、逆に安心できるってもんだ」
(アタシがあいつを嫌う理由? それは簡単。英二を独占しようとしているからだ。あいつは自分が一番になりたいんだ。アタシはあいつが大っ嫌いだ! あんなやつのことを英二が好きになったら困る。あいつが英二のそばにいる限り、アタシはあいつの事が大嫌いだ。だから近いうちに、あの女を始末しなきゃだな。
美咲は相変わらずストローを噛みながら、何かを企むような表情をしている。
彼女はオレのために色々と動いてくれており、その心遣いはありがたいものだ。しかし、やり過ぎてしまわないか心配でならない。
「そうか、仲良くしろとは言わないが、喧嘩はしないでくれるとありがたい。オレはお前達の仲が悪くない方が嬉しいんだからさ」
「ふぅん、そうかよ。そこは善処するさ。それよりも、アタシはお前にお願いしたいことがあるんだ。聞いてくれるか」
「内容によるけど、聞くだけならいいぜ」
「そうかよ。実はな……」
美咲は声のトーンを下げ、囁くようにして話しかけてくる。
「のあにアタシと一緒に遊ぶ約束を取り付けて欲しい」
(あの女にはできるだけ早く立場というものを分からせてやりたい。この前もアタシの事を睨んできていたしな。今はまだ大人しくしているが、いつ牙をむいてきてもおかしくはない。そうなれば、のあは敵だ)
美咲は真剣なまなざしでオレを見つめている。
のあさんのことをよく思わないのは分かる気がする。彼女は心が読めるオレでも底知れないものを感じずにはいられないくらいに不気味な少女なのだ。
「のあさんに? 明日にでも聞いてみるけどさ」
「おう、頼んだぞ」
(あいつの言うことなら、のあも聞きそうだしな。他の奴らにもそうだが、英二が誰と付き合うのかははっきりとさせるべきだろう。このアタシの夫だということを、もっと周囲に知らしめるべきだと思う)
「ところで最近、勉強できてるか?」
「あの程度ならわざわざ授業を受けるまでもない」
美咲から溢れ出る余裕は決して嘘ではなく、テストの成績をもって事実であることを示していた。
(アタシは天才だ。どんな問題だろう
と、教科書を読んで理解してしまえばそれで終わりだ。テスト前に焦る必要も無いし、予習復習もする必要が無い。アタシにとって学校の授業なんてものは退屈なものでしかない)
「すげえな」
学校をサボりがちという時点で頭はあまり良くない風に思われがちな彼女だが、実際の実力は不動の学年一位であるのあさんにも迫るとされている。
ただ、のあさんは別格であり、美咲はその背中を追い掛けるという状況がずっと続いており、それが彼女のプライドを傷付けているのかもしれない。
「アタシの頭脳はのあにも負けてねえぜ」
「要領は良いよな」
「まあな」
(本当は英二に褒められたくて頑張ったんだけどな。アタシは努力家でもあるんだ。そんなところ見られたくねえから、家に帰って猛勉強してんだけどよ。でも、英二に褒めてもらえるとやる気が出るんだよな。あいつには秘密だけど)
美咲は恥ずかしそうに視線を逸らす。
オレはそんな彼女が可愛らしく見えてしまい、思わず笑みを浮かべてしまう。
「何笑ってんだよ」
美咲は不機嫌そうに唇を尖らせる。
「悪い、なんでもない。お前は本当に可愛いなって思ってさ。ほんとお前を毛嫌いする奴は見る目無いとは思うよ。いや、オレもついさっきまでは少し怖かったけどさ。こうしてじっくり話してみるとかなり楽しい」
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