第48話 テニス部

「い、いきなり何言ってんの!? 別にあたしは、その……、褒められて嬉しいとか思ってないし……」

「あーはいはい」

「ちょっと、信じてないでしょ?」

「信じる、信じる」

「むぅ……」


 オレは疲れた影響なのか、しおらしくなっている妹を弄って、少しだけ気分が良くなった。


「ま、あんまり無理すんじゃねぇぞ」

「大丈夫だよ。それにこれは全部自分のためだから」

(お兄様から産まれ落ちた妹として、勝利をお届けするのは義務であり使命でもあります)

「どういう意味だ? まさかさっきの試合のことを気にしてるのか」

「違うよ。ただ、自分に厳しくしないと、強くならないと思ってさ。このままだといつまで経っても追いつけない人がいるから、せめて少しでも近づきたいとは思うんだ。でもね、やっぱり自分との戦いだと思うんだよね。自分がどこまで出来るかを試したいし、限界を超えないと成長できないと思うんだ。その為には自分を追い詰めることが必要なんだよ」

「相変わらず真面目な奴め。そんなこと言ってるといつかぶっ倒れるぞ。たまには息抜きしろよ」

「ふふん、心配してくれてありがとね。でも、お言葉に甘えて休むことにするわ」

(あたしはお兄様の為に戦うんです。たとえそれがどれほど過酷で苦しいことであってもやり遂げます。それがあたしの生きる道なので。しかしながらお兄様のおっしゃる通り休むことは重要。最近はまだ春とはいえ夏に向かって気温は高まりつつあります。体調管理はしっかりしなければいけませんね。では、早速休ませてもらいましょう)


 妹は普段サイドテールにした髪をポニーテールにしており、頭にはサンバイザーを被っていた。テニスウェアは変わらず様になっているし、スタイルも良い。


(くっそぉ~、かわいいじゃねえか!)

「なにニヤついてんだよ。キモいな」

「うっさい。ほら、もうすぐ休憩時間終わりだろ。行けよ」

「はいはい。じゃあ行ってくるね」

(お兄様、我が勇姿をとくとご覧あれ)


 杏里は再びコート内に戻り、先ほどと同じように試合をこなしていく。

 やはり上級生に混じっていても遜色のないプレーをしている。時折見せる笑顔を見るとまだまだ余裕がありそうだ。

 さすがはオレの妹といったところだ。きっとこれからもどんどん強くなるだろう。

 だが、強い妹にも勝てない存在がいる。


「ほら、あなたならその球くらい取れるでしょ」


 テニス部部長の3年生、鬼嶋萌香。彼女が部を牽引しており、最も強いプレイヤーである。彼女の強さは杏里を赤子扱いする程であり、杏里の目標としている相手でもある。


(あたしも早くあの領域に行きたいのですが、なかなか上手くいきませんね)


 鬼嶋部長の得意技であるスライスサーブは杏里にとって苦手なコースを高速かつ的確に突いているのもあり、ほとんど打ち返せていない。それでも何とか食らいついているのは、日々の練習の成果が出ているからであろうか。


「これで最後よ」

「なっ!」


 3度目のスマッシュが決まり試合終了となったようだ。惨敗した杏里は悔しそうな表情を浮かべながら崩れ落ちる。


「負けちゃった」

「まぁ、今のあなたの実力ならこんなもんでしょ」

「次は、絶対勝ちます」

「それはどうかしらね」


 二人は仲が良いのか悪いのかわからんが、ぱっと見お互いをライバル視しているような感じがあり、そのやり取りを見ていて飽きない。

 しかし、杏里は間違いなく強くなってきている。今回の負けも次に勝つための糧になるはずだ。

 

「部長、もう一回お願いします」

「仕方がないわね。いいでしょう」


 杏里と鬼嶋先輩はコートに入り、再び試合を始める。

 杏里のサーブは鬼嶋部長みたいな強烈さは無いが、コントロールが良く主導権を握るのに向いているタイプだ。


「コントロールが甘いわよ!」


 ラリーはなかなかに続いているが、杏里がわずかにでも甘さを出すと、鬼嶋部長にそこを容赦なく叩かれ、あっという間に形勢逆転されてしまう。

 あっという間に1ゲームを取られ、そこから部長のサービスゲームが始まる。


「わたしのスライスサーブ、今度こそまともに返せるかしら」


 彼女のスライスサーブのキレは一級品であり、あのボールを打ち返す事は難しい。


「やってみないとわかりませんから」

「その意気や良し」


 部長はそう言いながら容赦なく本気のスライスサーブをかまし、ボールは杏里の足元めがけて飛んでいく。

――バシッ!! そのボールを杏里は見事にラケットで捉えてみせた。

 そのまま流れるような動作でバックハンドで強打した打球は相手のリターンゾーンを掠め、ライン上を綺麗に超えて行った。


「へえ……もうここまで……あなたみたいな子、3年生にもほとんどいないわよ」


 鬼嶋部長のスライスサーブは全国区でも打てる人間は限られているようで、それを完璧に打ち返した杏里の強さを再確認できた気がする。

 しかしながら、彼女の強力なサーブにそう簡単に何度も対応できるわけではなく、結局6対0で杏里は惨敗してしまう。


「ふぅ……。ありがとうございます」

「あなた、本当に上手いわね。1年生で即戦力というのは非常に珍しいのだから、もっと自信を持ちなさい」

「はい。でも、まだ全然です」

「ふふ、向上心がある子は嫌いじゃないわよ。またいつでも来ていいわよ?」

「ぜひ、よろしくおねがいします」


 試合は終わったが、杏里はそのまま練習を続けている。左右に走りながらひたすらに壁打ちをする彼女の姿は、とても楽しそうだ。

 辺りはもうすっかり暗くなっており、窓の外には街灯の光が漏れている。そんな暗い中、彼女は黙々と素振りを続ける。


「お疲れさん。お前、結構頑張ってんじゃんか。オレ保証してやるぞ。少し休んだ方がいいんじゃねぇか? ほれタオル」

「うん、ありがと。やっぱりあたしにはこれしかないみたい」

「そりゃ、そうだろ。他に何が出来るって言うんだよ。それにしても、なんつーか……似合ってるな」

「はは、ありがと」


 汗まみれになった杏里の姿はとても輝いており、つい見惚れてしまう。その姿があまりにもカッコよくて、不覚にも『かわいい』と思ってしまった。


(あかん、これはアカン奴や)


 オレの理性とは裏腹に、体は徐々に杏里の方へと近づいて行く。

 無意識のうちに手が伸びていき、彼女の頭を撫でていた。おかげでボールを打ち損ねてしまう始末だ。


(あほか! しっかりしろ田中英二)

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