第29話 お化け屋敷

「何言ってんだ。マブダチなんだから当然だろうが」

(英二の体……あったけぇ。このまま家族になっちまいたいぜ)

「あ、あの……」

(英二くんから離れろメスブタが! お前は英二くんの隣にいる資格なんて無いの!)

「そ、そうだ。オレたちまだ友達になって間もないしさ……。いきなりこういうことは……」

「ああ? アタシと英二はマブダチだ。マブダチに長さなんて関係ねえ。大事なのは深さと密度だ。それさえあれば十分じゃねぇか」

(それにしても英二の体って細いな。ちゃんと食べてんのか?)


 彼女の体付きは細身でありながら、出るところはしっかり出ているというモデル体型であった。そんな彼女からすれば、オレの体は頼りなく見えるのかもしれない。


「おーい、聞いてんのか?」

(なんだ、放置プレイか?)


 良い肉付きをした足を包むキツキツのダメージジーンズを履き、胸元を開いた白シャツの上に黒のジャケットを羽織っている。首元には十字架を模したシルバーのネックレスを掛け、頭は茶髪のショートカットにしており、耳にはピアスを付けている。化粧は薄いが、それでも彼女は綺麗だった。改めてこうして密着してみると、見た目だけなら美咲はかなりの美人だと言える。


「英二くん、私を見ないのは良くないと思うな」

(ねえ、どうして私のこと無視するの? 何か気に障るようなこと言ったかな? ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……)


 美咲に見惚れていると、のあさんの視線が鋭くなった。そこからなぜか一気に沈み込み、どんよりとしたオーラを発し始める。


「いや、別に無視とかじゃなくてさ」

「そうか? さっきアタシをじろじろ見てただろ?」

(ほら、アタシを見てくれよ。アタシだけを視界に入れてくれ。アタシの全てを愛してくれ)


 美咲はオレの顎に手を添えて自分の方へ向けると、顔を近付けてきた。互いの吐息がかかる距離で見つめ合う形になり、オレの心臓が激しく鼓動する。


「み、美咲さん!?」

「アタシの目を見つめてみな」

(英二、アタシはいつでも待ってるぜ)

「えっと……」

(早くしろよ)

「うぅ……」


 美咲の瞳は潤んでおり、頬も紅潮していた。こんな美少女に迫られて何も感じない男などいないだろう。オレは吸い寄せられるように彼女の顔を見つめた。


(あぁ……英二の熱い眼差しを感じるぜ。アタシの体が熱くなってきやがった)


 彼女を彩る眼の輝きは、宝石に喩えるとルビーだろうか。それともトパーズか? いや、この美しさを表現する言葉があるとすれば、小手先のものではなく一つしかない。


「美しすぎる……」

「えっ……美しいって言ったか?」

(英二が可愛くて可愛くて仕方がないぜ。このままベッドインしちまいたい)


 彼女の好感度はこの一言で15上がり、150になる。ちょっと下がっても小さなことをきっかけに好感度が戻るどころか上がるのがヤンデレであり、彼女はモロにそれに当て嵌まっていた。


「そ、そうだ、二人とも次のアトラクションはどこにするんだ?」


 美咲の方はオレに迫ることしか頭に無くなっているし、のあさんは生気を失った暗い瞳を伴い、あの女殺すと呟いているように映った。


(あのヤンキー、許さない)


 心の呟きを聞く限りでは、彼女は完全にブチ切れていた。


「アタシはどこだって構わねえよ。英二と一緒ならな」

(お前が望むなら、火の中水の中でも付いて行ってやるぜ)

「私は英二くんと同じならどこでも良いけどね」

(あなたと一緒に居られるだけで幸せなんだもん)

「じゃあお化け屋敷はどうだ?」


 オレは話題を変えるべく、あえておどろおどろしい雰囲気のお化け屋敷を選択した。美咲とのあさんは、そのワードを聞いた途端に表情を引き攣らせるフリをしていた。


「アタシはホラーちょっと苦手なんだよな。でも行きたくねえって程じゃねえから付き合うぜ」

(あはっ、お化け屋敷は合法的に英二に抱きつけるチャンスだな。最高じゃねえか!)

「私も別に大丈夫だよ。ただお化けとかゾンビとか、そういう怖いものは苦手だから優しくしてくれると嬉しいな」

(英二くんにギュッてしてもらえるかも。きゃー、楽しみだなぁ。あの女よりも可愛いアピールをしながら甘えて、もっと好きになってもらおうっと。あと、怖かったからお兄ちゃん抱っこしてってお願いしようかな。よし、これで完璧♪)

「分かった。じゃあさっそく行こうか」


 お化け屋敷へ向かう道中、オレの腕に絡み付くようにして歩くのあさんと美咲の顔は、獲物を狙う狩人のように鋭い目付きになっていた。

 お化け屋敷に辿り着くまでの間、二人の視線はずっとオレに向けられており、時折目が合う度にニッコリ微笑まれた。

 ついに目的地であるお化け屋敷が見えてきた。

 このテーマパークのお化け屋敷は、あらかじめ仕入れた情報によるとかなり怖いことで有名であり、入場前から既に悲鳴が聞こえてくるほどだ。


「なんか凄いな」

「そうだな。アタシも少しビビッてるぜ」

(より合法的にくっつけるな)

「わたしもドキドキしちゃうな」

(英二くん、怖がる私を抱きしめてくれるよね?)


 二人ともお化け屋敷よりもオレとイチャイチャすることばかりを考えており、恐怖心は微塵も感じていないようだった。

 入口に到着すると係の人からパンフレットを渡された。そこに断片的に描かれているものを見ることでより恐怖を煽られつつ、オレたちは屋敷の中に入っていくのであった。


「いやああああっ!!」

「ぎゃああああっ!!」

「ひいいいっ!?」


 中に入るとすぐに三人の女性が出口から飛び出してきた。彼女たちは涙を浮かべながら必死の形相をしており、オレたちに目を向ける余裕もないのか、そのまま走り去って行った。


「こ、これはヤバそうだな」

「ああ、さすがにここまでとは思わなかったぜ」

「ふぇ~ん、怖いよぉ……」


 パンフレットを見る限りでは、このお化け屋敷は作り込んであるようで、そこらの浅い造りのものとは比べ物にならないらしい。

 そしてオレたちの番がやってきた。


「えっと、三人で入ります」

「かしこまりました。ではこちらへどうぞ」


 係員の人に誘導されてオレたちが案内されたのは、お化け屋敷というだけあって薄暗く不気味な入口である。


「じゃあ行くか」

「英二、手繋いでくれよ」

「うん、お兄ちゃんと手を繋ぐね」

「はいはい」

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