第28話 ジェットコースター
一時的には言うことを聞いても、敵視している存在がいる限り火種は撒かれ続ける。現に美咲とのあさんはメンチを切り合い、お互いの顔を見つめている。
そこからいきなりのあさんがこっちに寄ってきて、オレの肩を掴んできた。
「英二くん、こわいよぉ〜」
「てめぇ!」
(ここは女の子らしく、ジェットコースターに怯えてみよっかな。あのガサツな女にこんなことはできないだろうし、英二くんは優しいからね)
「ちょ、ちょっと、のあさん」
彼女はオレの腕にしがみ付き、胸を押し当ててきた。柔らかい感触と共に彼女から漂う柑橘の甘い香りが鼻腔を刺激し、脳髄が蕩けそうになる。
「英二くん、お願い。このままだとわたし、怖くて耐えられないの。助けてくれるよね?」
「あ、えっと……」
彼女が下心ありありで演技しているのは分かっているのに、それを拒むことはどうしてもできなかった。
「英二ぃ……」
美咲がものすごく不機嫌そうな声を出し、オレの名前を呼んでくる。彼女の好感度が140から5下がり、135になっていた。
「……」
(うわぁ……マジでウゼェ。この女、マジで英二のこと狙ってやがんな。英二はアタシの方を愛しているんだ。ポッと出がしゃしゃってんじゃねえ)
美咲はのあのことを睨み付けており、オレが間に挟まっていなければ今にも殴りかかりそうだ。そんな美咲の気持ちを知ってか知らずか、彼女はオレに体を密着させてくる。
「英二くん、わたしを助けてくれないと、泣いちゃうよ」
男が聞いたらイチコロであろう言葉を吐きながら、上目遣いで見上げてきた。
(ふっ……勝ったね)
心の中から、のあの勝利宣言が聞こえてきた。
「……」
美咲の表情がどんどん険しくなっていき、その瞳には殺意が宿っていく。
(おい、ふざけんなよ。何、英二にベタベタしてんだよ。アタシだってまだなのに)
「英二くん、おねがい……」
「英二、アタシを見てくれよ」
「英二くん……」
「英二……」
「英二くん……」
「英二……」
「英二くん……」
「英二くん……」
「英二くん……」
「英二くん……」
「英二くん……」
「英二くん……」
「英二くん……」
「英二くん……」
「英二くん……」
「英二くん……」
「英二くん……」
「英二くん……」
「英二くん……」
「英二くん……」
「英二くん……」
「英二くん……」
「英二くん……」
「英二くん……」
「英二くん……」
「英二くん……」
「英二くん……」
「英二くん……」
「英二くん……」
「英二くん……」
「英二くん……」
まだ人としての理性がある美咲はともかく、のあさんはオレのことを獣のように求めてきた。
「ああもう! わかったよ!」
「やったー」
「ちっ」
のあさんは喜びの声を上げ、美咲は不貞腐れたように舌打ちをした。こうでもしないと闇が深く、諦めが悪過ぎるのあさんを抑えるには、オレが彼女にある程度譲歩し、美咲には我慢を強いることになった。
ジェットコースターが動き出し、徐々にスピードを上げて行き、そして一気に急降下した。
「英二くん、一緒にいて」
オレは怖がるフリをしているのあさんを抱きしめ、彼女を安心させた。しかし、彼女の手が妖艶に動き回り、オレの太ももや股間に触れてきた。
「ちょっ!? のあさん!」
「怖いのぉ」
(ジェットコースターなんて怖くないけど、こうして英二くんに甘えることができるなら悪くないかも)
のあさんの指先がオレのモノに触れる度に、背筋がゾクッとする。美咲は今のところ指を咥えて見ており、何も言わずに座ったままだ。
「なあ英二」
突然、美咲が話し掛けてきた。
「何だ? 美咲?」
「アタシも、怖い!」
話してくるのと同時に、彼女ものあさんと同様にオレに抱きついてきて、体を押し付けてきた。柔らかな感触が全身に伝わり、興奮で心臓が激しく鼓動する。
(この女、また邪魔を……。英二くんも何でこいつなんかにデレてるわけ? こいつ社会不適合者だよ、サボり魔だよ。こんな悪い奴といたら、英二くんまでダメになっちゃうよ)
「あのさ、二人共……」
「いいだろ、英二。たまにはこういう風にくっついてもいいじゃんか」
美咲はのあさんに負けじとさらに強く体を押しつけてくる。のあさんと同じくらいの柔らかで、温かな感触が伝わってくる。
「英二くん、わたしのこと嫌い?」
のあさんが悲しそうに見つめてきた。悪い子なのは分かっていても、この女優顔負けの演技力には心を動かされる。予測可能、回避不可能というやつであった。
「そんなことあるはずがないだろ。大好きだぞ」
友達としてだけど。
「えへへ」
オレが答えると、のあさんはとても嬉しそうな顔をしていた。
(英二くん、やっぱり優しいね。わたしの見込んだ旦那さんなだけあって、女の扱い方をよくわかっているよ」
なんか隣にいるヤンデレたちが怖すぎて、ジェットコースターが全速力で走っているのにも関わらず、こちらの怖さはほとんど感じられていない。ヤンデレたちの怖さを引き立てる背景に成り下がっており、とてもシュールな光景である。
「英二、アタシはどうなんだ?」
美咲が潤んだ瞳で訴えかけてきた。彼女の表情は不安げであり、その頬はほんのりと赤くなっている。
「美咲だって、大好きだよ」
友達としてだけどな。
「えへへ……」
美咲は満面の笑みを浮かべた。
(ああ、幸せ……アタシのことを愛してくれる人がいて、好きな人とずっと一緒にいられる。これほど幸せなことはない)
「ありがとう、英二。アタシもお前のこと、すっごく好き」
子供のようにはしゃぐ美咲は、本当に可愛らしかった。いつもの大人びている姿とは正反対で、まるで年相応の少女のような反応を見せる美咲を見て、ドキッとした。
「英二くん、わたしも……」
オレにギュッと抱きついているのあさんが上目遣いで見上げてくる。その瞳はどこか熱っぽく、うっとりとしているように見える。
「のあさんも、もちろん大好きだ」
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