第30話 お化け屋敷 その2


 二人はオレの手を握るなり嬉しそうにはしゃいでいた。その姿は見た目だけなら本当に可愛らしく、油断していると思わず見惚れてしまうほどだった。


(どのタイミングで英二に飛びつくかな。たくさん心配させてから飛びついた方が効果的だろうな)

(ぐひひ、英二くんならわたしが転びそうになったら必死に庇ってくれそう。その時は怪我しないように器用に転ぶから安心してね)


 二人とも内心は下心丸出しなことを考えているのだが、表面上は天使のような笑顔を見せており、オレはそのギャップに戸惑いながらも歩みを進めていた。

 屋敷の中へ入るとまず出迎えてくれたのは血まみれの女性の姿であり、彼女はゆっくりとした動作で腕を伸ばしながら近付いてくる。

 それを見た瞬間、オレの全身に鳥肌が立ち悪寒が走った。よくよく見ると作り物ではあるが、逆に凝視しないと本物にしか見えないほどリアルであり、とても心臓に悪い。


「な、なあ、やっぱり別のところにしないか?」

「でも、一度入ったんだし、わたしは完走するまで帰らないよ」

(英二くんとラブラブデートしたい)

「アタシもこんなところで引き返すなんて嫌だな。プライドが許さねえ」

(英二と手を繋いだままデートしたい)

「わ、分かったよ。じゃあ進むか」

 

 オレは覚悟を決めて歩き出した。


「きゃああっ!」

「うわああっ!!」

(ほら、英二くん、わたしを抱いて?)

(こんなカマトト女よりもアタシを選べ。な?)


 のあさんと美咲は怖がるフリをしながらオレに抱きつき、その柔らかな身体を押し当ててくる。それによりオレの胸は高鳴り、二人の甘い香りに酔いしれていた。


「お、おい、あんま強く引っ付くなって」

「だって怖いもん」

(もっと英二くんとくっついちゃえ♪)


 美咲とのあさんはわざとらしく怯えた様子を見せていた。

 そんな彼女たちと楽しく会話しながらしばらく歩いていると、突然背後から肩を叩かれた。驚いて振り返るとそこには血まみれの女がおり、ニヤリと口角を上げながらこちらを見つめていた。


「うわぁ!」

「きゃあ! 英二くん怖い!」

(隙あり! 事故を装って英二くんとラブラブキッスしちゃうぞーっ!!)


 のあさんの唇が迫り来る。しかしそれはオレに触れる前に動きを止められた。美咲が彼女の頬に手を当てて止めたのだ。


「悪い、手が当たっちまった」


 そんな美咲の瞳からは光が消えており、のあさんは本能的に危険を感じ取ったのか、歯軋りをして悔しそうな表情をしていた。


(そう簡単に英二をお前みたいなビッチに渡して堪るかよ。いくら可愛い顔してても、こいつはアタシの男だ)


「ううん、気にしてないから安心して?」

(小手先の作戦じゃ勝てないか……。なら正面突破でいくしかないみたいね)


 のあさんは諦めることなくオレの腕にしがみついている。美咲も負けじともう片方の腕を引き、オレたちは二人に挟まれる形で歩き続けていた。

 不気味な装飾が施された館を歩いていると、青い炎みたいなものが前方で揺らめいているのが見えた。そしてそれが人魂だと気付いた途端、恐怖心が膨れ上がった。


「いやあああっ!!」

「ひぃいいいっ!?」

「ぎゃああああああっ!!」


 三人同時に悲鳴を上げる。オレはマジで怖がっているのだが、のあさんと美咲は変わらず怖がっているフリをしているだけのようで、彼女たちは人魂よりもオレを注視し、さらには互いに牽制し合い、睨み合っていた。

 オレがパニクっている最中、そこへ追い討ちをかけるように現れた河童がオレたちの前に現れた。これがまたリアルであり、作り物とは思えないほどに精巧だった。


「うげぇぇぇぇ!」


 河童は奇声を上げてこちらへ走り寄ってくる。そしてその手に持っていたカッパ巻きをオレの顔目がけて投げつけてきた。


「うわあああっ!」

「きゃああっ!」

(英二くん、わたしを守って!)

(英二、アタシだけを見てろ)


 のあさんと美咲はより一層密着してくる。それによってオレの身体に柔らかい感触が押しつけられ、意識がそちらに奪われそうになる。

 

「英二くん怖いぃ」

(英二くん、はい、たくさん触ってね)


 オレは手を振り回す大きなリアクションをとった時、のあさんと美咲はオレの手が当たるようにおっぱいを突き出してくる。案の定オレの手が触れてしまい、彼女たちはそれを嬉しそうに受け入れていた。

 

「あんっ」

(触っちゃったね。あはっ、英二くんの手、大きくてあったかいよぉ)

「んふぅ……」

(アタシに胸を押し当てられて感じてんのか? 可愛い奴め)


 二人は顔を赤らめて甘い吐息を漏らしている。周りをお化けに囲まれているものの、オレはともかくのあさんたちは余裕があるように見える。


「いやぁ!」

「きゃああっ!」

(英二くん、わたしを守るのよ!)

(英二、アタシだけを守れ)


 オレの手を掴んで自分の胸に押し付けようとするのあさんと、逆にオレの手を引っ張りながら自分の胸へ引き寄せる美咲。お化けたちは完全に自分たちがアウェイになっていることに関し、困り果てていた。


(こいつ、アタシの邪魔をしやがって)

(むうううっ!! わたしの方が英二くんに相応しいんだからね!)


 お化けたちも必死になってオレたちにアピールするが、元から怖がっていないのあさんたちには通用しない。むしろ彼女たちはお化けたちを威嚇していた。


「おい、お前ら喧嘩するな! スタッフさんも怖がってるだろ」


 オレがそう叫ぶと、のあさんたちが一斉にこちらを見る。その視線は鋭く、まるで獲物を狙うハンターのような目つきをしており、オレは恐怖を感じて身を震わせた。


「いつまでもここにいるのは嫌だし、先に進もうよ」

(まだまだ怖がるフリをしてキミにくっついていたいんだ)

「あんまり長居すると客がつっかえちまうな」

(英二の体は誰にも渡さねぇ。この先もずっと一緒なんだ。こんなところで離れるかっての)

「わかった、行こうぜ」


 そうしてオレたちは再び歩き出すが、その後もお化けたちの妨害は続き、そのたびにヤンデレたちが怖がるフリをしてオレに抱きついてくるという展開が続いた。

 しかしそれもしばらく経つと飽きてくるのか、次第に彼女たちの反応も薄くなっていく。しまいにはお化けたちを無視して軽いデート気分で館内を回っていた。


「なんか、意外とお化け屋敷も悪くないかもね」

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