第55話 ツンヤンデレ

 杏里と千聖の間に火花が散っているように見える。二人してオレを取り合っているようである。


「兄貴は誰を選ぶのかなー?」


 妹が不敵な笑みを浮かべている。まるでこれから起こることを楽しみに待っているようで、戦いの渦中にいながらこの状況を楽しんでいるように見えた。


(ああー、英二が私の目の前にいるぞ!)


 しかもそこにストーカーである美山鈴音の声まで聞こえて来る。彼女はオレの行く先々についてきており、当然とばかりのテーマパークでもこそこそと

隠れてついてきている。

 オレが一人でいる時はたまに声をかけてくるのだが、誰かと一緒に行動していると、その輪の中に割って入ってこない。あくまで空気に徹して様子を伺うのが一般的だ。

 だが、彼女は気配を殺しているつもりなのだろうが、残念ながらオレの脳にはにしっかりと彼女の声が届いている。


『どうしよう、ナビゲーター』

『迂闊に話し掛けない方が良いですね。下手に勘違いをさせてしまうとストーカー型は厄介な方向に思考を働かせます。そうならないためにも今はそっとしておきましょう』


 確かにナビゲーターの言う通りだ。オレが気付かないと決めつけているのか、それともオレが気付いていないと思っているのかはわからないが、とりあえず彼女の存在に気付いていることだけは知られないようにしなければならない。


『色んな女子に好かれて、良かったですね』

『ヤンデレだらけで怖くて仕方がないよ。こんな事になるなんて想像もしていなかったしな』

『ふふふ、モテ期到来、というところでしょうか。おめでとうございます』


 嬉しくねえ! あんまり嬉しくねぇ! むしろこの状況から解放してくれ! 病んでないなら告白を受けたいくらいにみんな美少女だけどさ、実際ヤンデレだから迂闊に受け入れられないんだよな。受け入れたら最後、他の奴らに刺されかねないし、かといって突き放すと後々面倒な事になりそうだし。


「兄貴ってば、そんなにあたしの服が良いの? そんなに見つめちゃってさ」


 妹はオレの前でクルリと回って見せる。その姿はなんとも可愛く、そしてエロかった。

 家族である妹に興奮するとか、なかなかにアブノーマルだと思う。だが、これは男としての反応であり、間違ってはいないはずだ。


「お兄さん……」


 千聖はオレに近づいてくる。


「え? ちょ、千聖、何をするんだ?」


 千聖は手袋を付けたままの手でオレの手を握る。そして自分の胸に誘導する。薔薇が添えられたカチューシャを着けたツインテールの少女が持つ瞳は爛々と輝いており、何かを期待しているようだった。

 オレはその視線に抗えず、思わず触れてしまう。柔らかく温かい感触が手に伝わる。それは千聖の大きな胸だった。


「お兄さん……」


 小柄な千聖の上目遣いが有する戦闘力は計り知れず、そのまま押し倒してしまいそうになる気持ちを必死に抑える。

 この感情は何だろうか、千聖の事が可愛い、愛しい。そんな想いが溢れてくる。今まであまり感じたことの無い不思議な感覚だった。

 もちろん、妹のことも杏里の事も好きだ。それは間違いないし、否定するつもりもない。それより少し弱いけど、千聖にも似たような愛おしさを感じている。

 今まで異性に対して、ここまで心を揺さぶられた事があっただろうか。もちろん女性経験が無いわけではない。だが、これまでとは違った高揚感と幸福感に満たされているのは確かだ。

 だが、それと同時に危機感も覚えている。このままではいけない。それはわかっている。オレはこの流れを止められなかった。

 オレはゆっくりと両手を伸ばし、千聖の頬に触れる。手入れの行き届いたもちもちの柔らかい肌の温もりを感じながら、千聖の潤った唇へと自分の顔を近づけていく。その瞬間オレは我に返る。


「ダメだ! 止まれオレ!」


 オレは咄嵯に千聖から離れ、彼女との間に距離を取る。


「むふ、お兄さんに触られた……」


 千聖の好感度は155に上がっており、頬を膨らませている杏里に至っては190に跳ね上がっている。


『田中杏里たちのそれはもはや人が持てる好感度ではありませんね。カルト宗教の狂信者でも対象への愛は110が限界だと言えば、どれほどの異常性なのかご理解いただけるかと思います』


 ナビゲーターの言葉を聞きながらも、オレの胸中は穏やかではなかった。オレはとんでもなく愛されているのだと改めて実感し、それを嬉しいと思う自分と、それ程までに執着される自分が恐ろしいと思ってしまった。


「兄貴……?」

「お兄さん?」

(田中英二……)


 二人プラスストーカーがオレを呼ぶ。綺麗な服で身を飾り、目に光が無い彼女たちはまるで高級店のショーケースに売り出された人形のようで、恐くもあり、とても美しかった。

 杏里と千聖はまだオレに服を選んで欲しいようで、目をトロンとさせている。それは妹や後輩が向けるものではなく、まさしく雌の眼光と呼んで差し支えなく、背筋がゾクッとした。


「兄貴、どうしたの? 大丈夫? なんか怖いよ」

(お兄様、具合でも悪いのでしょうか。ここは二人きりで休憩スペースに移動し、看病するのが良いかもしれませんね)

「お兄さん? どうやら疲れているようですが」

 

 妹たちからしても挙動不審だったようで、心配されてしまった。オレはいつもの調子を演じつつ、軌道修正を図る。


「やべ、ぼうっとしてた」

「そう、というか兄貴っていつもそうじゃん」

(お兄様がぼうっとしていた回数、幼稚園より換算して12525回。頻度としては高いと思われます。いつも通りと言えば、そうなのですが。何か悩み事があるなら、あたしに相談してください。あたしはお兄様に尽くすために存在しているのですから)


 杏里ってそういうところまで調べているのかと驚愕する。オレの分身体とか言っているのは伊達や酔狂ではない。


「あはは、悪い悪い」

「ふん、その癖早く治しなさいよね。みっともないったらありゃしないわよ。まったくもう……」

『ツンデレですね。素直になれないだけです。中身はもちろんドロドロのヤンデレですが』

『うん、分かってる……ここまで切り替えがはっきりしてんのは一種の天才だよな』

『差し詰ツンヤンデレといった呼び方が似合うと思います』

『こちとら、お前と言葉遊びをしているほど暇じゃないんだぞ!』

『ふふふ、良いツッコミですね。私はあなたとの会話を楽しみたいと思っているのですよ?』

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