第54話 試着室

 それにしてもだ。レディース専門店というだけあり、見渡す限り女物の服や下着ばかり。

 男であるオレにとっては居心地の悪い空間であり、ここに長くいるだけで変な汗が出てきそうだ。


「お兄さん大丈夫ですか? 顔色が良くないですけど……」

「あぁ、少し緊張しているだけだから。気を使わせて悪いな」


 ここにいるだけで、他の女性客からは変な目で見られる。そりゃ、下着売り場の近くにいたら、何でこんな所に男の人が? と不審に思われても仕方がない。

 しかし、オレだって好きでいるわけではない。

 そもそも何故男がレディース専門店にいるのか。それはもちろん妹の付き添いだ。

 先ほど、千聖に『お兄さんが選んであげれば喜ぶと思いますよ』などと耳打ちされた。

 杏里は鏡の前で自分なりにファッションショーをしているのが心を読むことで確認できる。

 高揚した気分で大好きな兄が服を選んであげたら、妹はどうなるだろうか。きっと裸でブレイクダンスをしたくなるくらいには喜んでくれるだろう。

 だから、オレはここに来たのだろう。可愛い妹の為に。とまあ、理由を捏造しなければやってられなかった。


「お兄さんは優しいですね。杏里ちゃんが羨ましい……」


 千聖はそう言うと、少し悲しそうな表情を見せる。その瞳に涙を浮かべ、頬を赤く染めていた。


「私にも優しくしてくれませんか?」


 オレの腕を掴み、体を寄せてくる。甘い香りが鼻腔をくすぐり、頭がくらっとしてくる。

 彼女の行動はまるで何かを誘うような、誘惑するような、色っぽい雰囲気だった。それはそうだろう、彼女だってオレのことを愛していて、好きだからこそ、こうして体を近づけてきているのだと思う。

 オレは彼女のそういったところを無碍にすることはできず、そっと腰を抱き寄せ、千聖の頭に手を置く。

 その辺りで妹が一旦試着室から出て来る。彼女の服は目立つダメージジーンズに、それを魅せるための薄手の白いトップスを着ている。

 胸元が大きく開いたデザインになっており、杏里の豊満な胸がはっきりとわかるほどだった。


「お待たせー! 兄貴、どうかな?」

「おう、似合ってるじゃないか。可愛いぞ」

「えへへ、うれしい。でもこれだけじゃ満足できないよね……」


 妹は思わせぶりな表情で千聖を見つめる。彼女は千聖に煽りをかけているようだ。

 そして、再び杏里は試着室に消えていく。


(杏里は本当に成長したな……)


 昔の杏里だったら千聖に話し掛けることすらできなかっただろう。それに比べたら彼女の進歩は目覚ましいものであり、オレは杏里の成長を感じずにはいられない。

 杏里はその後もいくつかの服に着替えてはオレに見せてきた。

 どの服もオレの趣味に合い、とても可愛いと思えるものだった。

 正直オレは服のことなんてよくわからないし、妹の着る服なら何でも似合うと思っている。例えば今妹が着ているTシャツも妹に似合っており、可愛いとオレは思った。

 だが、あまり褒めるのもどうかとは思ったりする。なぜなら妹の本性を引き出せばオレの身が危ぶまれる。そうならないためにも、妹に対しての距離感は適切にしなければならない。


「なあ、杏里。そんなに気に入ったのがあったのか?」

「うん。兄貴が選んでくれたし、これ買っちゃおっかな」


 そう言って嬉しそうにオレが選んでみた服を手に微笑む杏里は本当に可愛く見えた。昔と違って大人びた印象があり、服装も相まってより一層魅力が増している。


(ああ、ダメだ。杏里が可愛いすぎる)


 さっきから妹が気になって仕方がない。それくらいに妹は魅力的なのだ。

 妹はオレが選んだオフショルダーの服に加え、ショートパンツを履き、靴はブーツを履いている。そして帽子をかぶって完全にボーイッシュな格好になっている。

 

「兄貴ってこういうの好きなんだ」

(ふふ、あたしのリサーチ通り、お兄様はやっぱりこのタイプが好きなんだね。これでお兄様を落とすのは難しくなさそうだよ!)


 妹はニヤリとした表情を見せ、試着室から出て来ていた。男勝りな部分がある妹に、ボーイッシュな服装は相性が良く、オレの好みど真ん中な感じになっていた。

 あらかじめリサーチしているというのもあり、妹はしっかりとオレを落とそうと弛まぬ努力をしているようだ。


(ぐひひ、ほら、お兄様の大好きな服を着たあたしですよ。触っても構わないんですよ?)


 妹は腕を組みながらわざとらしく自分の胸を押し当ててくる。もちろんその柔らかさが伝わるわけであり、思わず反応してしまう。


「おい、杏里、そういうことは止めろ」

「何で? 別にいいじゃん。兄貴だって嫌いじゃないでしょ?」


 兄妹なんだからこれくらいは当たり前とばかりに杏里は迫ってくる。確かに嫌いではない。むしろ大好きだ! しかし、その愛情表現は度が過ぎれば大変なことになるだろう。特にオレの場合だと妹に襲われる可能性がある。ここは兄として妹の暴走を止めなければ。


「お兄さん……」


 杏里が迫る中、千聖も負けじとゴスロリ服に着替えて出てきた。黒を基調としたドレスのような服に所々レースが付いている。スカートはふんわりとしており、頭には黒い小さなシルクハットをかぶり、手には長い手袋をしている。

 まるでお人形さんがそのまま飛び出してきたかのような姿だった。それにしても……


「千聖も何を着ても似合うな」

「あ、ありがとうございます。お、兄さんにそう言っていただけると嬉しいです」


 頬を赤く染める千聖はまさに美少女だった。オレの言葉一つで顔を赤くし、照れてくれる彼女はなんとも愛らしく、抱きしめたい衝動に駆られる。

 だが、抱き締めてしまったらそれはオレが友人以上だと彼女に暴露するようなものであり、ヤンデレに対してそのように示そうものなら、何をされるかわかったものではない。

 だからこそ、オレは我慢しなければならない。

 そう、例えどんな状況であっても、たとえ可愛い女の子が服を脱ぎ捨てて下着姿で現れようとも、相手がヤンデレなら決してその胸に飛び込んではいけない。

 ヤンデレを甘やかし過ぎると、オレの身は危険な領域に突入することになる。

だからこそ、オレは彼女達の誘惑に屈してはならないのだ。


「杏里ちゃん、私のゴスロリもどうでしょう」


 千聖は見るからに杏里に対抗心を燃やしていて、胸元を強調するような服を選んでいた。


「千聖先輩、ちょっと見せすぎじゃないですか?」

「あら、杏里ちゃんは私にケンカを売っているのかしら」

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