第56話 一番

『冗談はいいって。とりあえず買い物を続けよう。このままだとまた疑われかねん』

「兄貴ってば、女の子に囲まれてモテ期到来って感じ? もしかして、彼女できた?」


 妹は困っているオレに助け舟を出すどころか、オレが乗っている泥舟をさらに崩すような真似をしてくる。

 ぱっと見オレに惚れているようにはとても見えないが、部屋で見たオレのパンツを盗んでいた妹がまやかしでなければ、きっと彼女のこれもオレとの距離を調節する一環なのだろう。

 たまに優しくしてくるのは、飴と鞭でいう飴だろうし、これはオレにとって試練だ。 


「んー、彼女はまだいないかなぁ?」


 いると言ったら血眼になりそうな兆候があったので、距離調整の小道具でしかない小馬鹿にされていることに関してはこれに対抗せず、見栄をここはいないと答える。実際いないし、見え透いた挑発に乗って嘘をつくと、杏里の危機感に触れてしまい、監禁されます。


「ふぅん、じゃあ、気になる子いるの?」

「そりゃあ、まぁ」


 オレは杏里の顔を見ながら返答する。

杏里がオレの目線に気が付き、目を伏せる。杏里の好感度は190を超えており、顔はりんごのように熟している。そんな姿を見ると、愛しい気持ちが溢れてきて、抱きしめたくなる。だが、今は耐えろ。ここで感情に流されたら杏里に主導権を握られてしまう。

 杏里の好感度はおそらく上限を振り切っており、杏里からオレへの好感度はオレが思っている以上に高いのかもしれない。オレは自分の胸の奥底にある想いを押さえつけ、なんとか踏みとどまる。


「えへ、そっか。兄貴にもやっと彼女が……」

(お兄様、その女誰ですか。教えてください教えてください教えてください……お兄様に近寄る雌猫は誰ですか。あたしが排除しますから)


 濁すのもダメっぽいな。いや、千聖ヤンデレ化しているから、ここで安易に杏里の名前を出したら最後、どうなるか分かったもんじゃない。下手な事を言うとヤバそうだ。


「杏里含めて、一緒にいる人達が気になるんだよな」

「へ、ふ、ふーん、妹であるあたしも気になるんだ。ふ、ふーん、ま、あたしそこそこ綺麗だと思うし、童貞の兄貴からすれば、あたしが気になるのも分かるけどさ」

(ああ、お兄様。嬉しいです。お兄様があたしを意識下に置いてくれている。妹としてではなく、女性として……)


 よし、妹が敵意を失くし、デレ始めている。これでしばらくは大丈夫か。問題はこの先なんだが……。


「千聖も結構可愛いし、のあさんや美咲もうん、いい人だからね」

(ただ、お兄様があたし以外の女子にも興味を持っている? おかしいですね。お兄様はあたし以外の雌とは交わろうとしないはず。どうしてでしょう)


 あ、やべぇ。杏里のヤンデレメーターが振り切って、危険域になっているぞ!

 

「杏里、ちょっと来て」


 オレは千聖にトイレに行きたいと適当な理由を付け、なんとか杏里と二人きりになることに成功する。

 杏里の着ている服の会計もとりあえず済ませた。


「何よ、いきなりこんなところに連れてきて……」


 杏里の手を取り、人目のつかない場所へ移動する。ここは……あれしかない。


「杏里、今から大事な話がある。お前に言わないといけないことがあるんだ」

「は?」



 オレは妹の背後に拡がる壁に手を叩きつけ、壁ドンの体勢をとる。杏里は驚いているが構わず続ける。


「オレはずっと一緒にいる杏里が一番気になっている」


 ちょっと心を弄ぶ形になって忍びないとは思いつつも、杏里の暴走を瀬戸際で止めるにはこうするしかない。


「な、何を言っているのよ!」


 杏里は顔を真っ赤にして、必死に誤魔化そうとしている。


(お兄様があたしを一番だと言った……うへへへへ……)


 杏里、お前本当に分かりやすいのな。もう少しポーカーフェイスができないのか。

 にやけている妹を見て、ちょろいと思ったオレはなんとか妹に監禁される危機を脱する。


(……あの女、私の夫に浮気させるとは、許せない)


 次の問題は美山鈴音だろう。ストーキング以外では無害な彼女だが、完全に安全かどうかはもう少し踏み込んでみないとわからない。

 とりあえず彼女についてはフォローしつつ、様子を見るべきだ。


(お兄様と相思相愛だなんて……幸せすぎる)


 あ、なんかもうダメな気がしてきた。杏里の好感度をチェックしてみると……200に到達していた。彼女はオレにメロメロになっていて、今はプンスカと怒りながらも腕を組み、横目でオレを見つめながら歩いている。

 これは……ダメかもしれんなぁ。

 オレ達は昼食を食べ終わり、千聖も伴ってゲームセンターのクレーンゲームやUFOキャッチャーなど、適当に遊んでみたが、やはり杏里が満足する様子はない。いや、オレに対して貪欲で強欲な彼女は、満足することを知らないのだ。オレに自分の愛情をぶつけるためには手段を選ばない。それがたとえ監禁であろうと。


「ねぇ、もう少し服選びしたいな」


 杏里はニコニコしながらオレの腕を引っ張る。この笑顔がいつ豹変するかと思うと、恐ろしくてたまらない。ああするしかなかったとはいえ、ちょっと妹の好感度を上げ過ぎたきらいがある。


「杏里ちゃん、やけにお兄さんにぐいぐい行くね」

(プロポーズでもされたのかな。なんか調子づいていてつい、首をへし折りたくなっちゃった)


 千聖の好感度が上がり始め、嫉妬ゲージもマックスになりかけている。このままではヤバい。


「え? そ、そんなことないよ。普通だよ」


 杏里も焦っているようだ。このままだと、千聖のヤンデレが発動して大変なことになるかもしれない。オレは千聖に向かって小声で話す。


――おい、ちょっと落ち着け。

――なにが? 私は冷静ですよ。


 いや、絶対に違う。心の声を聞いても分かるぞ。お前の頭の中では浮気の警報サイレンが鳴り響いているはずだ。


「落ち着いてますよ」


 嘘をつけ。千聖の目はオレに媚びる杏里に対する憎しみに溢れており、

 今にも杏里を殺しそうな勢いだ。ここは一つ、彼女の機嫌を取るために彼女ともデートをするとしよう。

 オレたちが今やっているのは服選び。ただ、今回はオレが進んで杏里と千聖、二人の新しい服を選んでいる。

 連れ込まれた試着室の中、二人がオレの前で着替えを始めてからしばらく経つが、どうも目のやり場に困ってしまう。ただでさえ可愛い女の子が、服を脱いでいく姿というのは男にとっては刺激が強すぎる。

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好感度と心の声が分かるようになったら、周りがヤンデレだらけだった。 ヤンデレ好きさん @yandese-love

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