第44話 可愛いのあさん
!」
(命令されたら快くお見せいたします)
その後、制服を元に戻した妹は疲れたことを理由に、教室に入るギリギリまでオレの腕を借りていた。
「そろそろ離してくんない?」
「は? あんたが寂しそうにしているからこうしてあげてんのよ」
(お兄様に抱き着いていれば、お兄様成分が補給できて幸せ)
妹がオレに抱き着く理由は様々ある。例えば、精神的に不安定になっている時や、不安なことがある時にこうやって抱き付いてくる。
無論、彼女の精神が高揚している時も、同じように抱き付き魔になる。
「はいはい、ありがとよ」
オレはため息交じりに返事をし、妹の頭を撫でた。妹は嬉しそうな表情を浮かべながら、体を密着させてくる。
こんな感じで妹はオレに甘えまくっており、傍から見れば完全にブラコンの妹とそれを受け入れる兄といった構図が成り立っている。
妹がオレに依存しているのか、それともオレの方が妹に依存してしまっているか、それは誰にも分からない。共依存かもしれない。
妹と別れて教室に戻り、いつものように授業を受ける。だが、妹が心の中でのみ呟く、甘々な声が頭の中にこびりついており、集中できなかったことは言うまでもないだろう。
「あの、英二くん、ちょっと隣良いかな」
集中できないところに、のあさんが隣に座ってくる。授業中なのにどうしてかと思ったが、彼女には理由があるようだ。
先生たちは黙認どころか、了解をしたように彼女の行動を奨励しているし、意識を現実から手放したオレには理解できない不可解な世界が広がっていた。
「あれ、いきなり隣に来て何かあったのか?」
「実は忘れ物をしてしまって」
話を聞くと、彼女は教科書を忘れてしまったようであり、オレを頼りに来たと言う。
彼女はお淑やかな割に強引に机を擦り付けてくる。合理的な理由ゆえに周りもオレに対しては強硬な姿勢を取れずにいた。つまりオレにとって、のあさんの庇護下に入ることは得でしかなく、断る理由はなかった。
「えっと、教科書なら見やすいようにしてやるけど」
「ありがとう」
(これで安心ね)
「でも、なんでわざわざオレの隣に来たんだ」
「だって、英二くんは優しいから」
(一緒にいると落ち着くし……)
そんな事を言われてしまうと、どう反応したらいいのか困ってしまう。オレは自分が優しいと思ったことは無く、むしろ冷たい人間だと自覚していた。
だが、のあさんはそんなオレに対して優しくしてくれる。その優しさが心地よく、また、それがオレの心を癒してくれている。
「ねぇ、今度どこか遊びに行かない? 私、もっとあなたの事を知りたい」
(二人っきりでデートしたい……)
「え? えーと、そうだな。考えておくよ」
「うん、楽しみにしてる」
(やったー!)
のあさんは嬉しそうにオレの手を握ってきた。
最近まで女性と手をつないだ経験はあまりなく、ましてやこんな風に積極的に握ってくるような人はいなかった。
のあさんは世間を席巻するモデルみたいに美人だし、スタイルもいい。そんな人と手をつないでいれば、男としてはドキドキしてしまう。
「教科書、見せてくれるよね」
来た。のあさんの上目遣いだ。彼女の悩殺ボディでお願いされてしまうと、大抵の男は首を縦に振らざるを得ないだろう。
オレは横を向いて彼女を見ないようにし、教科書を開いて見せた。だけど、のあさんの良い匂いに脳みそが汚染されていく。
「ちゃんと見ないとダメだよ」
(ふふっ、かわいい)
のあさんは次第にオレの手に自分の指を絡めてきた。いわゆる恋人つなぎで、そこから来る彼女の柔らかさと温かさがオレの心を満たしてくれていた。
うぅ、恥ずかしい……。でも、もう少しだけこのままでいたいな。
授業中にこんなことをしていても、周りの生徒は授業に集中しているか居眠り、あるいはボーッとしているので気にしていない。仮に気にする輩がいようと、のあさんの影響下では彼女の意向に逆らえるはずもなく、黙認せざるを得ないだろう。
「英二くんのノートって、綺麗だね」
「あ、ありがとう」
のあさんは左右に散る長い髪を掻き上げながらオレのノートに顔を近付ける。彼女が喋る度に鳴るリップノイズは、鳴る度にオレの意識を彼女の側に引っ張っていった。
「ねぇ、このページは?」
「それは……」
「ここ、間違ってる」
「え?」
「ほら、ここはこうすると……」
「あっ……」
のあさんは間違えた部分を丁寧に教えてくれた。おかげで間違いに気付いたオレは彼女が教えてくれることを活かし、すぐさま修正して正解することができた。
「ありがとな」
「どういたしまして」
学校一の頭脳と名高いのあさんは模試でも全国一位であり、その学力は伊達ではない。彼女の解説は分かりやすく、オレは問題を解くたびに驚きの声を上げそうになる。
「やっぱりのあさんはすごいなぁ」
「そうでもないよ」
(貴方だけなんだよ。私のこの才能を褒めてくれるのはね)
のあさんが嬉しそうな表情を浮かべているのと同時に、そこに影を落としていた。のあさんは普通褒められるべき圧倒的な文武両道を、家族や何も知らない他人から気持ち悪いと言われたり、怪物、化け物と揶揄された過去があるようだ。
彼女がオレに依存しているのはその過去が尾を引いているからであり、オレが彼女を肯定することで、ようやく彼女は自分らしく生きることができたのだ。
オレは彼女の努力や頑張りを認めたい。だが、そうする度に彼女から伸びる鎖は強固なものとなり、オレの首を絞め上げる。
「英二くんのおかげで助かったよ」
「これくらいならいつでも言ってくれて構わないから」
「うん、ありがとう」
(英二くんは本当に優しいな……)
のあさんは感謝の言葉を口にし、オレの頬にキスをした。彼女の唇は柔らかくて、オレを惑わせるには十分すぎる刺激だった。
「ちょ、ちょっと」
「ごめんなさい。つい嬉しくて」
(だって、初めて男の人にキスしたんだもん)
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