第23話 神なんです

(お兄様のダメダメなところを挙げて、この女に諦めさせます。あたしだけがお兄様の全てを包み込めるのだと、のあにもお兄様にも思い知らせてやります)

「杏里ちゃんは英二くんの事よく分かってるんだね」

「当然です。兄貴のことは物心ついた時から見ていますから」

(さっさと諦めてもらいましょう。あたしにはお兄様を幸せにする義務があるのです! どうせこの女はお兄様のにわか。あたしがそこをちょっと突けば、すぐに彼に幻滅して離れていくはず)

「杏里ちゃんは、わたしに英二くんから離れて欲しかったりする?」

「……はい、先輩は素晴らしい方です。こんなダメ兄貴と一緒にいたら、これまで培ってきた美しい経歴に傷が付いてしまいますよ」

「妹ちゃんの忠告は受け取るけど、彼とは一緒に遊ぶつもりではいるよ」

「そうですか。先輩が後悔しても知りませんよ」

(しつこいですね、この女。いい加減諦めて欲しいです。お兄様に相応しい女性は、この私だけなのですから)

「大丈夫だよ。これから一緒に過ごしてお互いのことを理解していけば良いと思うの。それにね、杏里ちゃん。わたしはもう決めたんだ」

「何をですか? 先輩ほどの人なら、言い寄ってくる男なんていくらでもいるでしょう。それなのになんで兄貴なんかと……?」

(お兄様がこの女と付き合う。お兄様とこの女が……恋人同士。そんなの、あたしが耐えられるわけがありません! お兄様は神なんです! 神であるお兄様に仕えて良いのは彼から血や肉体を恵んでいただいたあたしだけの特権なんですよ!? 他の人間どもはただ彼の恩恵を受けるだけで、彼を独占する資格などあるはずがない! お兄様はあたしだけのお兄様です。それをこの女は……!)

「まあ、今週は遊びに行くだけだから。彼の人柄は自分の目で確かめるよ」

(英二くんってば、なんだかんだとわたしを助けてくれるんだよ。初めて会った時だって、不良たちに絡まれていたわたしを助けるために戦ってくれたの。彼はいつも優しい。困っている人は放って置けない性格をしているみたい。その優しさが危なっかしくて、でもそれが愛おしくて……、そんな英二くんを支えてあげたい。守ってあげたい。ずっとそばにいてあげて、彼が安心できる場所を作ってあげる。そして、いつかは結婚して、子供も作って……、幸せな家庭を築き上げるの!)

「……百聞は一見にしかず、というやつですね」

(お兄様は神なんです。その崇高なる御身に汚らわしい人間の血が入ることを、私は許容できません。例え相手がのあだろうと、あなたであろうと、私の邪魔をする者は誰であっても容赦しません)

「杏里ちゃんが理解してくれて嬉しいよ」

(うざいな、このブラコンキモウト。ああ、英二くんと何かあるたびにいちいち蛆が湧いてきて鬱陶しい。でも、こうして会えたのも運命だと思うんだ。だから、今は我慢しなきゃ。英二くんが卒業するまでの辛抱だもんね。それまでは杏里ちゃんと仲良くしないと)

「……兄貴が迷惑をかけないように祈っています」

(お兄様がこんなビッチにたぶらかされないか、心配でなりませんよ)

「うん、忠告ありがとうね。肝に銘じておくとするよ」


 こうしてオレを蚊帳の外に置いたヤンデレ二人の水面下の争いはひとまずの終わりを迎える。


「兄貴、頼むから先輩に迷惑を掛けないでよ」

(こうなってしまった以上、お兄様の跡をつけなければなりません。美咲にのあ、あの女たちの脅威から、身を挺してでもお兄様を守ってみせます!)


 杏里は盗聴器により美咲と遊ぶことについても把握しており、彼女たちからオレを守るという使命感に駆られ、尾行を決意していた。

 オレはGPSを付けられていることを知っていながら、それを放置している。理由としては妹に不審感を与えないため、それに尽きる。

 オレに依存しまくっている妹のことだ。GPSに異常があることを察知したら真っ先にそのことについて調べ、オレが何かしでかした可能性に行き着くに決まっている。

 監禁ルートはあらゆるところに地雷となって仕掛けられている。特にこのような地面から飛び出し、見えている地雷に対して嬉々として飛び込むような馬鹿はいない。


「兄貴、放課後テニスコートに来て」

(あの女の臭いが濃いから上書きしないと……)


 ぱっと見、よく分からない彼女の要求の裏にて、彼女の下心がオレを標的にし、虎視眈々と蠢いている。

 ヤンデレ特有の匂いの上書きとやらは、常人には感知できない匂いを犬にも相当していてもおかしくない、めちゃくちゃな嗅覚で嗅ぎ当てて初めて前提が成立する。


「お、おう……」


 オレは妹の剣幕に若干言葉を澱ませつつも、承諾の旨を伝える。妹はそれを聞くとさっきから一転、にんまりと笑顔を浮かべ、ご機嫌そうに帰っていった。


「よっす」


 昼休みが終わり、午後の授業が始まる前の休み時間。

 机の上に突っ伏しながら寝たふりを決め込んでいたオレの元に、美咲が軽々しく挨拶してきた。


「よぉ」


 オレは眠気まなこを擦りながら、片手を上げて返事をする。


「昨日は悪かったな」

「ん? 何が?」

「ほら、杏里が噛み付いてきたからさ。あいつの兄としてちゃんと謝っとこうと思ってな」

「あー、あれか。律儀だな。別にそんなの気にしてないから」


 美咲は見た目通り、細かいことを気にしないタイプのようであり、とにかく大雑把な性格をしている。昨日のことなんてとっくに瑣末なものとして切り離しているだろう。


「それより、今日はどうする?」

「あ、わりぃ、昨日みたいに一緒に帰るわけにはいかなくなったんだよ」

「……それってさ、杏里だろ? 感じ悪いあいつのことだし因縁つけてきたんだろうってのは容易に想像がつくぜ」


 美咲の考察は普段の感じ悪い妹にこれからどう動くのかという点でアプローチをかけた場合、行き着くであろう展開である。


「じゃあアタシはテニス部見学するわ。もう少し様子見する気だったが、気が変わったよ」


 美咲はオレの話を受けて昨日言っていたテニスに入部する予定を早め、行動に移すようだ。


「まぁ、頑張れよ」

「ああ、お前もせいぜい妹の相手がんばりな」


 オレの肩を叩き、席に戻る美咲。その後姿を眺めつつ、彼女がテニス部に入部した場合のことを考えてみる。

 中学の頃から彼女は身体能力に優れ、運動神経抜群であった。また、ラケットをそれなりに扱えることも確認済みだ。

 そんな彼女であれば、すぐにレギュラー入りして活躍することだろう。そうなれば、部はさらに強くなり、全国大会優勝に向けて一歩前進するだろう。

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