第19話 闇深のあさん


 みなさん聞いてください! これがこの学校一のアイドルと目される美少女の裏の顔ですよ! なんてクラスで浮いているオレが吹聴したところで、みんなそっぽを向いて彼女を悪く言ったオレの陰口が叩かれて終わりだろう。最悪、彼女が悪くなった空気を利用して私だけは君の味方だよ、とか孤立誘導を始めでもしたら、のあさんルート突入だ。

 のあさんルート確定になってしまうと、おそらく杏里、鈴音、美咲といった他のヤンデレたちも黙っていないだろうし、学校全体を巻き込んだ修羅場が待っていると予想される。


(でも、英二くんは女の子を気遣ってくれる良い性格の人だから、大丈夫だと思うけどね)


 のあさんはちらっと見せていた手錠をポケットに仕舞うと、うきうきとステップを刻みながら自分の席に戻って行った。

 オレは自分の机の上に鞄を置くと、電車で揺られた疲れを取るため、少し机に突っ伏すことにした。

 その間、遠めの席に座っているのあさんがほとんど誰も見ていないのを良いことに、じろじろとオレの方を見てくる。

 男が見たら惚れそうな、太陽も恥じらう微笑みをしているが、いかんせんな中身が残念過ぎて、オレは視線を外して窓の外を眺めることにした。


「英二くーん」


 遠くの席から甘ったるい声を出す彼女は、やはりこちらを見ているようだ。


「ねぇ、英二くんってばぁ」

「何?」


 オレはゆっくりと顔を上げる。するとこちらのすぐ近くまで来ているのあさんがいた。見た目からして天使にしか見えない、美しい容姿ののあさんは、今日も今日とてその魅力を振りまいている。

しかし、そんな彼女の表情が一瞬にして曇る。


「英二くん、どうしてわたしから目を逸らすの?」

(ぐぬぅ、英二くんが私の方を向かない。まさか私の事を嫌いになったんじゃないよね? 今すぐ監禁してわたしことしか考えられないようにした方が良いかな)

「そんなことは無いよ」

(のあさんの事は好きだよ)

「ほんとう!? 嬉しいな!」

(やっぱり英二くんは優しいなぁ。大好きだよ)

「ははは……」


 一番穏やかそうな彼女が最も手段を選ばない人間だとは思わなかった。オレが誤った選択をしてしまうと、彼女に捕まり監禁されてしまいそうだ。


「ところで英二くん」

「何?」

「あの妹ちゃんについて聞きたいんだけど、あの子についてどう思う?」

(英二くんの回答次第では彼をあの女から無理矢理にでも引き離す必要があるよね)


 また選択を誤ったらドボンなやつか。彼女はまたオレに見せないように手錠をちらつかせており、監禁、調教しようとしている。


「ただの妹だよ。美少女だなぁ、くらいには思うけど妹だし、変な感情とかは抱いていないよ」


 オレは思ったことをありのままに目の前のヤンデレ金髪美少女に話す。逃げようとしたら力尽くで連れ去られるだろうし、オレが彼女に対しとれる策は話術によってヤンデレから伸びる手をのらりくらりとかわすことくらいだ。


「そうだよね。ただの! 妹ちゃんだよね!」

(ふむ、つまり英二くんはあの女に好意を抱いているというわけではないんだね。それなら安心だよ)

「うん、そうだけど……」


 オレが彼女の思い通りになるように言葉を選ぶと、のあさんは満面の笑みを浮かべて喜んでいた。


「あ、それからオレの方からも聞きたいんだけどさ……」


 オレは若干緊張しながらも、昨日美咲に頼まれたことをのあさんに話すことにする。


「美咲さんを遊びに行くメンバーに加えて欲しい?」

「うん」

(ダメダメダメダメダメダメ。他の女が来たら私と英二くんのラブラブデートが破綻しちゃう! 英二くんがあの女に唆されて間違った道に進む前に、私が目を覚まさせてあげないと……)


 彼女は思い通りにならないと監禁を実行しようと切り替える堪え性の無さで、オレに再び身の危険が迫る。

 とはいえ、デートの件はのあさんが拗らせる前に早めに、穏便に済ませたいところだ。

 現状維持を考えるオレは目から光が消えたのあさんに一気に近付き、自分がイケボだと思うような声質で語り掛ける。


「美咲は友達を作りたいんだそうだ。頼む」


 美咲の目的は現状把握と、のあさんに好き勝手をさせないための牽制である。

 強かなのあさんを相手にしようとしている美咲のことだ。この機会を入念な準備に充てて、のあさんを打ち倒すための布石を着々と進めていることだろう。


「このそっか、友達かぁ。英二くんがそこまで言うなら仕方ないか……。分かったよ、あの子も連れてきて良いよ」


 頬を赤らめたのあさんは先ほどまでの死んだ目を一瞬にして生き返らせ、オレに笑顔で答えてくれた。


(英二くんがイケボでわたしの耳元で囁いて……これって英二くんからわたしへの告白と受け取っても良いよね? えへへぇ、英二くんったら大胆なんだから。でもまだ心の準備が出来てないからもう少し待ってて欲しいかな)


 脳内ピンク色に染まっているのあさんは、オレの言葉を都合の良いように解釈しているようだ。

 彼女は体をくねらせながら、時折こちらを見てくる。


「じゃあ頼んだよ」

「うん!」


 オレは彼女の様子に気付かないふりをして席に戻った。

 時間が経ち、生徒がぞろぞろと教室に入ってくる。教室は生徒たちの活気により一気に賑やかになり、これから一日が始まるのだという実感が湧いた。


「おはようございます」


 教壇に立つ先生がホームルームを始める。いつも通りの光景に、今日も学校が始まったのだと気を引き締める。

 授業が終わり、一限目の休み時間になると、その休み時間を使って自分の席で眠っている美咲に声を掛ける。


「約束、取り付けておいたぞ」

(英二くんが他の女と話してる……キミのパートナーはわたしだけだよね)


 後ろからのあさんの嫉妬の念をびんびんと感じるが、美咲と話さないことには話が進まないし、ここは我慢だ。今のところのあさんが派手に動く様子も無いし、また監禁モードに入ったら対策を考えるくらいに後手に回っても大した問題にはならないだろう。


「ありがとうな。アタシから言っても無視してきただろうし、助かったよ」

「のあさんって表向き分け隔てなく接すると思っていたけど」

「一対一だと無視したりするよ。特にアタシみたいな不良の場合は英二くん以外が話し掛けてくるなとか言ってくるし」

「こわっ……」

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