第15話 危険域
(お兄様、杏里は身も心ももう貴方様の虜になっております。お兄様が大学を卒業なさった暁にはこの溢れ出る愛を包み隠さずお伝えしましょう)
「そうか……。まぁ、無理強いするつもりはないよ」
(お兄様、大好きです。好き好き好き好き好き好き好き……)
「ふん、デザートあるんだから食べてから寝なさいよね」
両親は二人とも自分の部屋で仕事をすると言っていたので、リビングにいるのはオレと妹の二人だけだ。オレの向かい側の席に妹が座り、目の前には手作りプリンが置いてあった。
「おう、ありがとう。いただきます」
「作り過ぎて余ったから出しただけよ。いわゆる在庫処分なんだから勘違いしたらぶっ飛ばす」
(お兄様のために丹精込めて作ったプリンです。味わっていただけるでしょうか)
『個体名“田中杏里”の好感度が超危険域である150を突破しました。将来、ほぼ確実に監禁される危険性あり。個体名“田中杏里”の半径100kmより即刻退避することを推奨します』
プリンを食べている最中、能力のナビゲートがオレに妹の好感度上昇と将来的な危険性に伴う避難勧告をしてくる。現に杏里の頭上の数値は150を超えている。
杏里から離れろと言われても、こいつ家族だし、学校も一緒だからかなり難しい。それに杏里の態度はいつも通りでぱっと見た感じは変化に乏しく、やはり実感は湧かない。多分やばいだろうとは思い、逃げる策はちょくちょく考えてるけどさ。
こんなオレに対してプンスカと怒りまくり、事あるごとに悪態をついてくる妹がオレを監禁、というのは警戒こそしているものの、思い描くのは中々難しかったりする。
杏里はオレの様子を時折伺いながらスマホを弄っており、不定期にニヤけていた。
杏里の作ってくれたプリンは甘さが控えめでオレ好みだと思いながら、オレは妹のにやけ顔を見ては首を傾げる。
「なぁ杏里、何か良いことでもあったのか?」
「えっ!? べ、別に何もないけど」
(いただきますゲット……これでお兄様から通算500000回話し掛けられました! はあ、はあ、今日は記念すべき日ですね。自室に戻ったらお祝いをしなければ)
妹はオレとのやり取りにおけるそんな細かいところもカウントするくらいに病んでおり、その愛情表現は常軌を逸していた。
「ふーん、そうか……」
「な、何よ。なんか文句でもあるの?」(お兄様、杏里はお兄様に話しかけてもらえて幸せです。これからも毎日声をかけてくださいね。しっかりと胸元にしまったメモにお兄様との足跡を記録しておきます)
「いや、ないよ。うん、ない」
「何それ。それにきょどった言い方キモッ!」
(お兄様、杏里はお兄様のことを心の底から愛しております。この想いがまだ伝わらないことだけが残念でなりません。その寂しさを埋めるためにメモを書いておりますが、それだけでもお兄様との充実した日々を思い出し、お兄様を現在進行形で、お兄様のためとはいえ悲しませている愚かな妹に活力をくれるのです)
プリンを食べるオレに、杏里はずっとスマホのカメラを向けてくる。試しに体を動かしてみると、寸分違わない動作で動いたオレにカメラの照準を合わせてくる離れ業をしてきたので、おそらくオレの推測は当たっているだろう。
オレは杏里が写真を撮っていることに関しては何も言わず、黙々とプリンを食べ続けた。彼女について少しでも詮索しようとしたら、いきなり監禁ルートに突入する危険性が高い。
杏里の好感度が上がりまくっている今は特に、下手な行動を打たずに静観するしかないのだ。
「ごちそうさま。美味しかったよ」
「そ、そう……お粗末様! ふんっ!」
(お兄様、杏里はお兄様のためならどんなことでも致します。どうか、この卑しい雌豚めをお兄様のお傍に置いていただけませんか。それにしてもあたしのプリンを美味しいと言っていただけて杏里はこの上無く満たされております。お兄様の舌に合うようなお料理をもっと作れるように、これからも精進していきます)
妹はスマホをポケットに入れた後、オレが食べた後のプリンの器を持っていき、洗い始める。
「兄貴、風呂も湧いてるから入っちゃって」
(お兄様がお風呂に入っている間に使用済みスプーンで間接キスをさせてもらいましょうか)
「おう、分かったよ。ありがとう」
プリンを食べ終わったので、食器を流し台まで持って行き洗う。その間に妹が着替えとタオルを用意してくれていた。間接キス云々はスルーだ。
「兄貴、脱いだ服洗濯機に入れておいて。明日まとめて回すから」
(お兄様の使用済みの衣服をゲットしました。これは今夜のオカズ決定ですね)
「わかった。じゃあ入ってくるわ」
オレは浴室に行き、汗を流す。今日は体育の授業もあり結構汗をかいたので、さっぱりした気分になることができた。
シャワーを浴びながら今日の出来事を思い出すと、本当に色々なことがあった気がする。
変な能力の発現に始まり、可愛い女子たちがヤンデレだったことを知ってしまったり、まさかの美咲とのデート、そして杏里の暴走気味な愛。こんなに濃い一日を送ったのは初めてだ。
「杏里、鈴音さん、のあさん、美咲、みんな可愛いけどヤンデレかあ」
こうしてヤンデレたちの名前を並べてみると、みんな学校では名のある美少女であり、そんな凄い人たちにオレは歪んだ愛を囁かれていることについて、改めて考えるとやや嬉しい反面、恐ろしくなってくる。
「あまり刺激しないように、無難に振る舞わないとな。変に追い詰めちまったら修羅場になったり最悪計画変更で監禁されるかもしれないし」
ヤンデレはオレが彼女たちの思い通り、従順にしているうちは変なことはしてこないで、表向き普通の人と変わらない様子で接してくる。だが、少しでもオレが反抗的な態度を見せると途端に豹変する可能性があるのだ。
例えば今回の場合だと、オレが少しでも杏里を不審に思ったりすると、彼女の中で何かのスイッチが入り監禁ルートに突入されてしまう恐れがある。
「気を付けないと……特に杏里は危ないな。あいつの心の声の狂気度合いは異常だからな……」
考えれば考えるほど、オレの頭の中には不安材料しか浮かんで来ない。
湯船に浸かりながらそんな事を考えていたら、何やら扉の向こうから物音が聞こえてきた。ガサゴソと布ずれの音や水が滴るような音、そして妹の艶やかな声が微かに聞こえる。
「ん? 何やってるんだ?」
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