第21話 人気者と日陰者


「美咲ちゃんって優しいんだね。わたしもそこまで言われる程の人かなって思ってたのだけど、英二くんも共感できる人でとても嬉しいよ」

(英二くんがあんな醜悪な暴力女と仲良くできるなんて、彼はきっと聖人君子に違いない。うふ、わたしとますますお似合いじゃない)


 表では毒気の無い言葉でお茶を濁し、裏では美咲への敵意を剥き出しにするのあさんは、行動からして美咲をフォローする気が無いと受け取れる。

 のあさん程の影響力ならみんなを扇動して美咲を取り巻く尾鰭のついた噂を、彼女の名の下に一気に排除することはそう難しい話ではないはずだ。

 なのにそうしたことをせず放置しているということは、美咲を嫌っていることの裏付けになる。


(あの女を将来始末するとか悠長な考え方は甘えだったかな。早く始末したいけど、陰湿な真似は英二くんの反発を招くからスカッとやりたいんだよね。比較的やりやすいのは、もう英二くんにはあの女の手は届かないと思わせること。その前提としてわたしが彼女よりも圧倒的に優位だと知らしめることだね)


 のあさんは少し質問した後、安堵したような表情でその場から離れていった。


「のあが離れていってくれて良かった。クラスメイトから凄い目で見られたし」

「そうだな」


 彼女は他の女子と違って物腰柔らかく、美咲の印象を悪くするような発言は避けている。だって自分のイメージを悪くするのが悪手なのはクラスの中心人物である彼女が一番知っていることなのだから。

 だが、クラスメイトの嫌悪感は募るばかり。美咲の今までのイメージが悪過ぎるのがとにかく問題であり、のあさんが出て来るたび、美咲が憎まれ役になるのは避けられない。


「学校サボったり喧嘩に明け暮れてたのは事実だからな。そりゃ印象も悪くなるわな。ま、身から出た錆っつうことで受け入れて、心機一転頑張るしかねえな」

「そうだな」


 美咲は自分が他人にどう思われようがあまり気にしないタイプなので、さほど学校生活に困っているわけではない。

 でも、オレと一緒にいるときはオレのことを考えてくれて、なるべくオレの印象が悪くならないように振る舞おうとはしてくれている。

 クラスメイトによる陰湿な真似はのあさんが牽制しているようだし、一触即発の割にはのんびりとした時間が流れていた。


「キミと二人きりでお弁当なんて初めてだよ!」

「う、うん……」

(これで合法的にキミと間接キスしたり、アーンとか出来るね!)


 のあさんのお弁当はとにかく綺麗にまとまっており、中身のバランスも良い。

 オレのおかずまでのあさんが食べさせてくれるので、まるで新婚夫婦みたいな気分だ。

 のあさんはさり気なくオレの箸で食べたりしており、その間は瞳が闇に溶け、笑みも薄気味悪いものに変わるが、見なかったことにしようそうしよう。


「美味しい?」

「ああ」

「そっかぁ、じゃあもっとあげるね」

「あ、ありがとう」

「えへへ」

(英二くんとラブラブランチ。うふ、最高だよね! はぁ、邪魔な女さえいなかったら、計画とかをいちいち考えないで済んで楽なのにな。あいつらの所為で英二くんと本当の意味でイチャイチャ出来なくて本当にイラつく)

「……」

「ど、どうかした?」

「何でもないよ」

(英二くんのこの心配したような顔、たまんねぇ。はぁ……キミはわたしのものだよ。絶対に誰にも渡さない)

「英二くんってさ、どんな女の子が好き? やっぱり美咲ちゃんみたいな子?」

「えっと、そうだね。例を挙げると美咲もそうだけど、のあさんみたいに可愛い子はとても魅力的だと思う」


 のあさんはオレに褒められるのに弱いのは、杏里の例から簡単に予測でき、現に頭に手を当てながらニヤニヤと嬉しそうな顔をしていた。


「わたしってばそんなに可愛かったんだ。えへ、ありがと」

(英二くんがわたしのことを魅力的だって。きゃー、恥ずかしい)

「う、うん」

(英二くんが英二くんが、英二くんが! わたしを褒めてくれてた。嬉しいな、とても幸せ)


 のあさんの頭の中はピンク色に染まっているに違いない。こんな感じで毎日を過ごしていたら大変だろうな。


「ところで、英二くんは彼女いないの?」

「あ、ごめん。まだそういうのは考えられないよ。今は勉強に集中したいんだ」

「あ、そうなんだね。勉学は学生の本文、疎かにするのはダメだと思うよ」

(英二くんは真面目なんだ。うん、ますます好み! まあ、仮にダメ男でも養ってあげるから、遠慮しないであらゆるキミを包み隠さず見せて欲しいな)


 やっぱりヤンデレは無敵なようで、オレがどう転ぼうと愛することができるだけの度量を持っている。仮にクズを演じても離れる可能性は皆無だろう。それは美咲たち他のヤンデレたちにも言え、オレのヤンデレたちを引き剥がす計画は早くも暗礁に乗り上げる。


「どうしたの、難しい顔して」

(まさか他の女に嫌なことをされて困っているのかな。もしそうだったらその女の名前を言って。そいつを地の果てまでも追って殺しに行くから)


 清純な雰囲気とは裏腹に、思考は物騒なのあさんの目は闇に飲まれていた。それはまるでブラックホールのように全てを吸い込む、底なしの深淵。これを見たオレの気は触れそうである。


「あ、ちょっと参考書のことで悩んでいてね。のあさんは数学得意だから、今度でも良いから教えてもらえたらなと思って」


 女の子の名前を言うのは禁物だ。軽はずみなことをしたらその子が危険に晒されかねない。


「いいよ。英二くんの頼みなら喜んで引き受けるよ」

(英二くんが頼ってくれるなんて、本当にうれしいな。今度図書室でイチャイチャタイムだ)


 のあさんは表向き落ち着いている一方、思考の中では完全にパレードが始まっており、脳内では色とりどりの花びらが舞っていることだろう。

 

「卵焼き、自信作なんだ」


 一気に明るくなったのあさんは自分の弁当箱から宝石のような眩い光沢を放つ卵焼きを箸に取り、遠慮なくこちらに突き出してきた。


「はい、アーン」

(ふっふっふ、英二くんにアーンをする日が来るなんて夢にも思わなかったよ。さあ、早く口を開けて)

「じ、自分で食べられるから大丈夫だよ」

「ダメ、わたしがやる」

(えへへ、まるで雛鳥に餌を与える親鳥みたいだね。母性が溢れちゃうよぉ)

「……」

「ほら、アーン」

(キミが口を開けるまでやめないよ?)

「……いただきます」


 観念したオレは恐る恐る口を開くと、そのまま強引に押し込まれた。

 噛むとふわりと広がる出汁の香りと、程よい甘さが口の中に広がっていく。これは美味しい。

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