第14話 真なる愛
「わざわざ嗅いでくるなよ。恥ずかしい」
「あたしは洗濯も担当してるんだし、汚れの程度を把握するのは義務じゃないかしら」
(お兄様のシャツの匂い、嗅いでいると癖になるんですよね。あぁ、お兄様の匂いが体にしみわたっていくぅ~)
「立ち上がりたいんだけど」
「は? あたしを転ばせといてなにぬけぬけと一人だけ立とうとしてんのよ」
(行かないでお兄様。杏里はもう少しだけお兄様の匂いを堪能していたいんです)
逃げようと思っても、杏里のオレを引っ張る力が強過ぎて全く逃げられず見かねた美咲が助け舟を寄越してくれた。
「おい、英二が困ってるだろうが。つまんねえことしてんじゃねえぞ」
美咲は杏里の手を無理やり振り解くと、オレの手を掴んで引っ張り上げてくれた。
「ありがとう、助かったよ」
「この程度ならお安い御用だぜ」
(英二に感謝された。これは役得だな。今度また何かあったら頼ってくれるかもしれないし)
「なにすんの! 今兄貴に説教してんだから邪魔しないでくれる?」
「お前こそなにしてんだよ。人の迷惑を考えろ」
「あんたには関係ないでしょう? 口出ししないでもらえるかしら」
「こいつはアタシのダチなんだ。関係なくはないだろ」
「友達ぃー? はっ、そんなの関係あるわけないじゃない。あんたみたいな奴が兄貴に近づくなんてありえないわ」
(こいつがお兄様の友達ですって!? お兄様はこいつのどこがいいっていうのですか。こんなやつ、お兄様の足手まといにしかならないわ。お兄様に近づいてほしくないし、早く離れてほしい)
「そういえばあんたたち、喫茶店から出た後も一緒に下校してきたみたいだけどどういうこと? まさかとは思うけど、付き合ってるとか言わないよね」
(お兄様がこの女と? ありえません。絶対に何か裏があるはず)
「違うから安心しろ」
(お兄様があたし以外の誰かと付き合うなんて、そんなの嫌だ。もしそうなったとしても、相手が誰であれぶち殺す)
「そう? ま、あたしにはどうでもいいんだけど。じゃ、兄貴、さっさとその人と別れて帰りましょ」
杏里は短パンに付いた埃を払いながら立ち上がると、オレの方に歩いてきた。
(お兄様の妹という立場を使えば、赤の他人なんてあっという間に引き剥がし、家族として合法的にお兄様とイチャイチャできるのです。ああ、お兄様の妹に産まれて良かったと心底感謝しております)
「おい、ちょっと待てよ」
彼女はオレの腕を掴むと、そのまま引きずるように歩き出した。
「離してくれないかな。痛いんだけど」
「あんたは黙ってなさいよ。兄貴はあたしの言う通りにしてれば良いの!」
(冷たい態度をとってしまい、申し訳ございません、お兄様。ですが他の女を始末するためならこの杏里、心を鬼にしてでもお兄様を守り抜く所存であります)
「杏里、流石にそれはどうかと思うんだが。英二だって痛そうだしよ。いかんせん力づくがすぎんじゃねえか?」
「あ? 家族の問題に部外者がしゃしゃらないでくれる? それに、あたしと兄貴が一緒に帰るのは当然のことじゃない」
(お兄様とあたしが兄妹である限り、法律的には結ばれることはありません。しかし、血を分け合った肉親だからこそ、こうして真なる愛を育むことができるんです)
「そういうことを言ってんじゃねえよ。もう少し相手のことを考えて行動した方がいいんじゃないかって話だ」
「うるさいなぁー。あたしたちはもう帰りたいの。他人が口出しする問題じゃないから。良い加減うざいし、もう少しその分からない頭をもう少し捻ってくんないかな」
「ふざけたことぬかすんじゃねーぞ。さっきから下手に出てりゃつけ上がりやがって。英二、お前からも何か言ってやれ」
(こいつ……ぶっ飛ばしたい)
「おい、いちいち突っ掛かんなって」
「うん……」
(あたしったらこんな奴にいちいちキレて、何やってるんだろう。もっと冷静にならないとダメじゃん)
「悪かったな。うちの妹って昔虐められたことがあるからちょっと短気なんだよ」
「兄貴、それ言わないでよ」
「仕方ないだろ。訳を説明しないと分からないだろうし」
オレの妹の杏里は昔、今では考えられないくらいに引っ込み思案であり、いじめられていた過去を持っている。
その暗い経験のせいで防衛本能が働いており、ちょっと短気だ。少しでも気分を悪くすると怒る悪癖があった。
「そんなことがあったのか。確かにそりゃあイラつくかもしんねぇーな」
「そうなんだよ。だから大目に見てやってくれないかな」
(お兄様が庇ってくれた。嬉しい! やっぱりお兄様は優しい人ですね)
「分かった。英二も大変だな。だが次喧嘩売ってきたら全力で買うからな」
(ふん、どの道この女は敵だしな。引き延ばしてもらった命で精々束の間の安息を味わうといい)
美咲は杏里を始末すること自体は諦めていないとはいえ、今回は見逃すことにしたようだ。
「じゃ、そろそろ帰るわ。良い加減眠いしよ」
「じゃあな。それじゃあ杏里、行こうか」
「……」
(この女、あたしのことを邪魔だと思っていますね。この場で殺しても構いませんが、お兄様に嫌われるのは嫌なので我慢します)
美咲と別れてから、杏里と一緒に自宅まで帰ってきた。
オレはこの時、杏里のことばかり考えていた。能力が発現してから、杏里の内外のギャップには驚かされている。ただ、能力で聴こえてくる杏里の内面を安易に信じていいのだろうかと、オレの理性の一部が警鐘を鳴らす。
杏里の外面はオレへの当たりが強いことで一貫しており、どうにも杏里がオレのことを好きだという実感は湧き難い。
「兄貴、何ジロジロ見てんの。あたしが童顔だからって欲情してんじゃないでしょうね。このロリコン男!」
面と向かっては罵倒してくるこの妹がオレを異性として執拗に愛しているなんて、果たしてあり得ることなのだろうかと、どうしても疑ってしまうのだ。
「誰がロリコンだ。つーか、杏里はもう少し年相応の態度を取れないもんかね」
「何? 文句でもあるの?」
(ごめんなさいごめんなさいごめんなさい、生意気なことを言ってしまい申し訳ございません。ですがお兄様との幸せのため、しばらくは適度に距離を置かなければならないのです。お兄様を生涯に渡って養い、愛する計画をお兄様に悟られてはなりません)
「いや、別にそういうわけじゃないけどさ。杏里がもう少し可愛げのある態度を取ってくれたら、オレとしても助かるかなぁって思って」
「は? なんであたしが兄貴に媚びなきゃいけないのかな。バカじゃない?」
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