第42話 ヤンデレ妹 その3

(ふふん、お兄様とラブラブに過ごしたいんですよ)

「まぁ、いいけどさ。ところで、オレって何か変なこと言っていなかったか? 例えば、いきなり大声を上げたとか」

「いいや、何も言ってなかったけど。もしかして、あたしに聞かれたらまずい事でもあったのかな?」

(ゴールデンウィーク明けのテストのことについて、寝言でテスト嫌だと言っていましたね。うふふ、もちろん録音してあります)

「いや、多分無いとは思うが」


 オレ、寝言とはいえそんなに子供のわがままみたいな恥ずかしいことを妹に吐露していたのか。我ながら人生で一二を争う黒歴史であり、考えるだけで顔から火が出そうだ。


「ならいいじゃん。兄貴だってたまには一人になりたくなる時もあるだろうし」

「ああ、助かるよ」

「それとも、あたしがいて迷惑なのかな?」

「そんなことは無いぞ。むしろありがたいと思っているよ」

「またそうやって優しい言葉を掛けてくる。そんなことばっかしてると、勘違いした女の人たちが集まってきちゃうじゃない」

「なぜ女子限定なんだ」

「皆まで言わせないで。女の子って優しい言葉に弱いのよ。あんたは何も考えずにそういう言葉を吐いてるんでしょうけど、それが一番効果的なのよね。ほんと困っちゃう」


 杏里はオレに背中を向け、腕組みをしながら話している。髪に隠れた横顔をちらりと見ると、頬が赤く染まっているように見える。


「杏里? どうかしたのか?」

「別に。ただ、兄貴はもう少し自分の発言に責任を持つべきだと思うわ」

「どういうことだ?」

「ふん、自分で考えなさいよ」

(全く、お兄様は優しい言葉で他の女たちを盛大に勘違いさせまくってきました。その度にあたしは嫉妬心を燃やすのです。お兄様に好かれているという自信があります。だからこうして一緒にいることができるんです。しかしながら、だからといって勘違い女たちを放置するのは気分が悪いですね。どうやら千聖もお兄様が好きになってしまったようですし、少しばかり攻めっ気を出してみるのもありでしょうか)


 杏里は振り返り、オレの顔を見てニコッと笑う。その笑顔はまるで天使のようで、思わずドキッとしてしまう。裏では案の定、杏里は真っ黒いことをたくさん考えている。

 どうやら彼女は知らず知らずのうちにヤンデレ化した友人である千聖の登場や目覚ましい躍進を続けるのあさんや美咲への敵愾心、それに対抗心をもやしており、オレに対するアプローチの方法を徐々に変えてきているようだ。


「杏里、何か悩みがあるのなら相談に乗るぞ」

「ううん、大丈夫だよ。それよりさ、ちょっとだけ寄りかかってもいい?」

「え?」

「いいから早く」

「はい……」


 オレはベンチに座った状態で、そのまま後ろ向きに倒れていく。そして杏里がゆっくりと体を寄せてきた。


「ふぅー」

「あ、あの、杏里?」

「何?」

「どうしてこんな事をしているんだ?」

「え? ダメなの?」

「いや、駄目じゃなくて、オレのこと嫌いじゃないのか」

「あ? 嫌いだからって寄りかかっちゃダメってルールは無いじゃない」

(それはお兄様が大好きだからに決まっております)


 毎度のことながら、妹が可愛過ぎる。本当にオレの妹かと疑ってしまう程に美少女で甘えん坊。今触れている彼女の全身は制服越しに分かるくらいにぷにぷにしていて、とても柔らかい。


(あぁ……お兄様のお体があたしの体に密着しています。お兄様の匂いがします。あぁ、幸せ過ぎて死んでしまいそう)

「なんか、いつもより大胆じゃないか?」

「いいじゃん別に。兄妹なんだから」

(うふふ、実は先程シャワー室に入りまして、今日は念入りに体を洗ってきたんですよ。お兄様に汗ばんだ体などをあまり見せたくないので)

「いや、まぁ、いいんだけどさ」

(むふふ、このままもっとくっついちゃいますよぉ~。ほら、胸とか当たってますけど、嬉しいですか?)

 

 妹はオレに寄りかかりながら小説を読んでいる。

 だが、その手は止まっており、チラリとこちらを見る目はトロンとしていて熱っぽい。


「おい、杏里。お前、風邪ひいたんじゃないのか?」

「んー、別に平気だと思うけど」

(これはきっとお兄様がいけないんです。あたしに優しくしたり、心配してくれたりするから。本当はもうちょっと時間をかけてゆっくり距離を詰めていこうと思っていましたが、そうも言ってられませんね。ライバルが多いのなら、先手必勝ですよ!)

「やっぱり杏里、無理をしているんじゃないか?」

「ううん、そんな事無いよ。それにしても兄貴温くね。兄貴のことはどうでもいいけど、なんだか潜りたくなってきた」

(んはぁ、すんすん、お兄様の匂い、たまらん。はぁはぁ……この体勢最高です! でも、これってチャンスじゃないでしょうか。今ならいけるはず。あたしも女だもん。女の子だって好きな人に抱き着きたいときもあるのです。よしっ、ここは思い切ってもっと行くしかありません!)


 妹はこれまでのツンケンキャラを多少崩すことになるかもしれないのを気にも留めず、更にグイッと体を寄せてくる。

その顔には朱が差し込み、その瞳は潤んでいるようにも見える。


「ちょ、杏里?」

「兄貴、たまにはこうやって兄妹水入らずってのも良いじゃん」

(うふふ、お兄様。あたし、お兄様の事が大大大大大大大大好きです。だからこうしてあなたに甘えることが出来るんです。他の誰にも渡しません。絶対に……)


 杏里は更に体を押し付けるようにして体重をかけてくる。

 オレの背中に感じる柔らかな感触。杏里の甘い吐息。そして鼻をくすぐるシャンプーの良い香り。

 その全てがオレの心をかき乱していく。


「杏里、そろそろ……」

「もう少しだけ……だめ?」

「えっと、いや、その……いいぞ」

「ありがと。兄貴は優しいね」


 杏里はオレの首筋に顔を近づけ、耳元で囁く。妹の可愛い声がオレの脳に浸透し、体を現在進行形で巡っている電気信号を掻き乱す。正常な判断が出来なくなる前に何とかしないと大変なことになりそうだ。


「杏里、少し離れてくれないか?」

「なんで? もしかして嫌だった?」

「そうじゃなくて、オレの理性が持ちそうにない」

「へぇー、兄貴ってこういうのが好きなんだ。はい、特別にあたしの胸をくっつけてあげる。ほんとは嫌だけど兄貴が嫌がるの見てたらちょっと楽しくなっちゃった」

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