第41話 ヤンデレ妹 その2

「ねぇ、兄貴。ゴールデンウィーク中どこか行く予定はあるの?」

(ちなみに、あたしは大会が終わった後なら、お兄様と一緒であればどこでも構いません)

「いんや、特には無いな」


 妹はゴールデンウィーク中に氷光高校テニス部として参加する地区予選がある。氷光高校は全国区に入る強豪であり、毎年卒業生から多くのプロ選手を輩出している。去年は準優勝だったと聞いている。

 ちなみに妹は将来を期待された有望な新入生といった厚遇を受けていて、今年の四月からレギュラーとして活躍をしていた。


「あたしは部活の試合があってさ。応援に来てよ」

「ああ、分かったよ。必ず見に行くから頑張ってこいよ」

「うん!」


 元気よく返事をした妹の笑顔はとても輝いていた。オレは心の中で思う。がんばれよ杏里! 絶対に優勝しろよ!!

 

「おはよう、英二くん」

(はぁん、今日もすごくイケメンだね。大好きだよ)

「よお、英二」

(こいつからはほんと、良い匂いがするな)


 学校へ行く準備をし、家を出るとそこにはのあさんと美咲がいた。最近、一緒に登校することが多い。家の場所を教えていないのに、ヤンデレたちは見事に嗅ぎ当てており、当然のように座っている。

 そして、彼女たちはいつものようにオレの腕を組んでくる。柔らかい感触が腕に伝わり、彼女の甘い匂いが鼻腔をくすぐる。

 のあさんからは柑橘の匂い、美咲からはチェリーのような香りがする。二人とも香水をつけているからだろう。


(杏里ちゃんがSNSに上げているいくつかの写真の背景から、場所なんて簡単に特定できるんだよ)

(杏里の写真は隠そうとしていないからな)


 杏里がSNSに写真をアップしているのは知っていたが、まさかそれで自分の家が特定されているとは思ってなかった。ヤンデレたちの情報収集能力を侮っていた。


「二人はゴールデンウイークどう過ごすんだ?」

「私? 私は暇かな。予習復習でもしようと思っているよ。英二くんと遊ぶ予定は入れたいけどね」

「あたしは特に何もしないな。強いて言うなら英二と遊びたいぜ」

「二人とも兄貴とやけに遊びたがるよね」

(お兄様の所有物はあたしだけなのに、何を勘違いしてか、他の女も近寄ってくるんですよね。困ったものです)

「まぁ、英二と出かけると楽しいからか。つい、誘っちゃうんだ」

「それは分かる気がする。わたしもそうなんだけどね。最近は勉強に力を入れているのもあってあまり遊べなくってさ。だから連休は少し楽しみなんだ」

(それに英二くんと一緒に勉強すると捗るし、楽しいからね)

「そうなのか。勉強もいいが、たまには息抜きしないとダメだからな」

「そうだね。勉強ばっかりだと肩が凝って大変だからね」

「確かにな。やはりプライベートと学業でスイッチを切り替えないとな」

(お兄様とあたしとの愛の巣を作るためにはお金が必要です。そのためにも勉学に励みます!)

「まぁ、程々にしておけばいいんじゃないか? 無理して体を壊したら元も子もないぞ」

「アタシはそんなに勉強してないぜ?」


 のあさんは絵に描いたような勤勉家であり、常にトップクラスの成績を維持している。


 一方の美咲は、授業中サボったり寝ていることが多いため、いまいっ成績が安定していない。だが、学年で上位10人には入っている。おそらく努力をすればのあさんに勝るかもしれない。


「さあ、ここで駄弁っていても仕方ねえ。さっさと行こうぜ」


 ヤンデレたちの好感度は160に上がっていて、このままではどうなるか分からない。彼女たちと仲良くなるにつれ、オレに対する執着が強まっているように感じる。

 一緒に過ごすうちに明らかに態度が変わってきている。この変化が良い方向に向かうのか、悪い方向に転がるのかはいまいち分からないが、今のところ悪い兆候はあまり出ていないと思う。強いて言えばたまに監禁をしたいと心の中で呟いたりする程度だろうか。しかし、油断はできない。いつどんなタイミングで爆発するかわからない爆弾を抱えながら、オレは毎日を過ごしている。


 昼休み、オレは授業に疲れて少しの間一人で昼寝をしていた。最近は周りに誰かしらがおり、プライベートがあまり無かった。オレは元々ぼっちであり、たまに一人になりたいという衝動に駆られる。

 この昼寝はそうした欲求の表れであり、こうして一人で寝そべり、自然と対話していると次第に心が騒がしい世界と乖離していき、やがて落ち着きを思い出す。


「ううん……」


 微睡を覚えながら目を覚ますと、仰向けで眠っていたオレの目の前には微笑を浮かべた杏里がいた。

 同時に感じたのは後頭部から伝わる柔らかい感触。オレは硬いベンチに頭を預けていたのに、それとはまるで異次元にある柔らかさに戸惑いを覚えた。


「えへへ、起きちゃった」

「杏里……、どうしてここにいるんだ?」

「今日は兄貴が珍しく居眠りをしていたからさ。あまりに隙だらけだし、たまたま構いたくなったのもあってさ。たまたま」


 杏里は頭を横に傾けつつ、オレの顔を見ながら髪を撫でてくる。口の悪さとは裏腹にその手つきはとても優しく、慈しみすら覚えるほどだ。


「今日は一人でのんびりしたくてさ」

「だからのあ先輩や橘美咲がいなかったのか」

(ぐへへ、おかげでたっぷりとキスができましたよ)


 オレの口周りは今朝に引き続きベタベタになっていて、案の定杏里の唇は潤んでいる。

 杏里はオレが眠っているとキスをしまくるようになっており、好感度の高さと行動のエスカレートは比例していると言わざるを得ない。

 彼女たちの好感度は嫉妬をさせると一時的に下がるものの、監禁のリスクが跳ね上がるのでこの手は使えない。

 かといって一般人がドン引きするようなことをしてもヤンデレたちは聖母のようになんでも受け入れてしまい、かえって好感度は上がる。


「杏里はオレが硬いベンチで寝ているのが心配だったんだな」

「そ、そんな、違うし。勘違いすんな」


 オレとしてはこの場で考えられる最高の言葉を選んだつもりなのだが、どうも彼女の心にすごく響いているようだ。表向き、ツンデレキャラのように素直になれない妹は相変わらずである。


(えへへ、お兄様からのお褒めの言葉を聞くたびに、お腹の下の辺りがキュンとしてきゅんってなりますよ)

「でもまぁ、あたしは別に兄貴が硬い場所で寝ようがどっちでもいいけどな」

「じゃあなんで来たんだ?」

「は? 気まぐれに決まってるじゃない」

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