第17話 お兄様
「お兄様、杏里はお兄様の妹です。でも、それ以上にあなたを愛しています。異性として、男性としても、一人の人間としても、あなたの全てを独り占めしたい」
横になった彼女はオレの布団を鼻に当て、深呼吸をしている。オレの匂いを吸い込み、トリップしているようだ。
「はぁ、はぁ、はぁ。お兄様、杏里がお兄様の全てを受け入れます。だから、どうか……お兄様の全てをください。お兄様と一つになって、永遠に一緒にいたいのです」
杏里の甘い吐息が耳元に吹きかかる。
「お兄様……大好き。はぁ、好きぃ、大好きだよぉ。はぁ、お兄様ぁ、お兄さまぁ……」
杏里はオレの布団の匂いを少し嗅いだだけで物凄い蕩け顔になっており、布団と擦れた影響で肩からズレてよれたブラ紐や熱でほんのりと赤くなった剥き出しの肌がオレの気持ちを煽ってきていた。とはいえ、夢の中でできることなんて静観しかなく、オレにその気があったとて、体が言うことを聞くことは無い。
「はあ、お兄様の温もりを味わってしまうと、思考がそればかりに塗り潰されてしまいますね。もっと触れ合いたい……お兄様に抱きしめられたい。お兄様とキスして、そのまま溶け合って、お兄様と一つになるんです……」
杏里はそう呟くと、自らの手で自分の胸にブラジャー越しに触れ、優しく撫で回し始めた。その表情は快楽に満ち溢れている。
「お兄様がそれなりに大きなお胸が好きとのお話を聞いたので、こうして毎日欠かさず牛乳を飲み、部活が無い日もランニングをしております。お兄様はあたしの事どう思っています? やっぱり可愛い妹ですか? それとも、女として見てくれています? はぁ、はぁ、あたしはこんなにもお兄様のことを想っているのに、妹としてしか見られていないのなら、とても悲しく思います」
少し前、妹が変なことを聞いてきた。
『あんたって胸がそれなりに大きいのが好きなんだ』
『なんだ? どうせキモいとか言いたいんだろ』
『ただ聞いただけだし! ふん!』
この後普段オレを弄ってくる妹にしてはありえないくらい、何もせずに引き退ったため、変なものでも食ったのかと思い心配してしまったわけだが、まさかそんなことを気にしていたとは。まぁ確かに杏里は身長が150センチと低く、体も細い方だし、女性らしい膨らみもそこまでない。そんな彼女に欲情しないかと言われたら答えはノーだ。
均整の取れた体付きに美形な顔立ち、女の子らしい恥じらいや趣味もあってなおかつ天が二物も三物も与えたと言われても納得するくらいに多才である。テニスを始めとしたスポーツや学生の本分と言われる勉学はお手のもので、氷光高校で一二を争う才女と呼ぶ声も名高く、のあさんの派閥に対抗して杏里の派閥というかファンクラブまでできる勢いでその勢力は拡大を続けている。
つまり、オレは妹である杏里を普通に可愛いと思い、女の子としても好きだと言えるくらい、彼女を愛しているのだ。だからこそ、今見ている夢の出来事が起こっていても何もできない自分に歯がゆさを感じる。
「お兄様、今夜はあたしが小学生だった頃以来の添い寝ですよ。お兄様は眠っていて朝まで気付かないでしょうが、その分あたしが堪能させていただきましょうか」
杏里はモゾモゾと芋虫のように這い回り、やがてオレの隣に潜り込んできた。そして、オレの腕を取り、そのまま自分の腕と絡ませてくる。
「んふっ、お兄様の腕を枕にするの、久々ですね。昔はよくこうやって一緒に寝ていたのに、最近はご無沙汰です。寂しいですよ?」
オレはもう半分以上意識がなくなっている状態で、杏里の言葉をぼんやりと聞いていた。
「お兄様の温もりを感じます。このままずっと、永遠に二人でいたい……お兄様、杏里だけのお兄様。杏里が一生をかけて幸せにしますからね」
オレの耳に杏里の声が聞こえてきた。夢にしては耳が彼女の発する音声の波によって揺れており、妙にリアルな質感がある。
「お兄様……大好き。はぁ、好きぃ、大好きだよぉ。はぁ、お兄様ぁ、お兄さまぁ……」
そう呟くと、杏里はオレの耳元から首筋舐め始める。舌先が耳の輪郭をなぞるように動き、吐息や唾液の音が直接脳に響いて来て、オレの理性を壊していく。
「お兄様……ちゅぅ、れろ、唇は結婚するまでとっておきましゅ。あたしって大好きなものは最後まで取っておくタイプなんで。だから、お兄様……今はこれで我慢してくださいね。お兄様……好きぃ、好きぃ……」
杏里はまるで子猫がミルクを飲むかのように、ぴちゃぴちゃと音を立てながらオレの首筋にかけての部分に吸い付いてくる。
オレの意識はやがて遠退いていき、そのまま深い眠りへと落ちていった。
「お兄様、お休みなさい……」
杏里の優しい声が聞こえ、額に柔らかな感触を感じた気がした。
翌朝、目を覚ますと布団がこんもりと盛り上がっていることに気付く。
その部分を剥がすと、なんと妹が潜り込んでいた。妹はぐっすりと眠っており、オレが布団を剥がして陽の光を浴びると目を擦りつつ、体を起こした。
「んゆぅ……あれっ、兄貴⁉︎ ここあたしの部屋じゃないの⁉︎」
(もちろん故意ですが、誤魔化しておきましょう。ふふ、夜はお楽しみでしたね)
彼女はどうやら部屋を間違えたようで、慌てた様子でオレの部屋をキョロキョロと見渡しており、その忙しなさに見ていて疲労感が募る。
能力で妹の心の声はモロに聞こえてきていた。しかも昨夜の金縛りにおける出来事は夢ではなく現実であったことも判明した。
「間違ってるぞ。ここはオレの部屋だ」
オレは彼女がわざとこの部屋に入ったのを知っていることを悟らせないように、愚者を演じてみた。
「どうやらそうみたいね」
(お兄様はおっちょこちょいの妹だと思っていてくれているみたいで助かりましたよ)
妹は自分の頬に手を当て、何かに驚いたような顔をしている。演技だというのは丸分かりなので、驚いていますみたいな仕草をされてもこちらが動じることはまず無い。
「ところでお前、どうやってここに忍び込んだんだ? 鍵は閉めてあったはずだけどな」
オレは家族にもプライベートを見られるのが好きではなく、自室にいる時は鍵を閉めている。もちろん誰か来た時には開けており、別に閉じ籠っているわけではないと弁明させてもらおう。
「鍵? 空いてたけど? プライベートを守りたい癖に抜けてたら世話ないんじゃない?」
(お兄様が失敗したのではありませんよ。もちろんこのあたしがピッキングして入り込みました。お兄様を敬愛するあたしにとって、これくらい朝飯前ですよ?)
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