第34話 杏里の友達
(お兄様の女は妹であるあたしだけなんだ。他の女は全員駆除対象です。しかし、お兄様が人気者なのも考えものですね。お兄様の魅力はあたしだけが知っていれば良いのに)
杏里の思考回路はやはりぶっ飛んでおり、オレの事を好きすぎて、普通に他の女子といるだけで嫉妬してしまうようだ。
オレも心の声を聞いていなければ、彼女のことを誤解していたかもしれない。だが、今は慣れてしまったせいもあり、あまり気にすることはない。
「それにしても友達、かあ」
(なら家族であるあたしの方がお兄様からすればずっと関係が濃いですね。これからはもっとアピールをしていかないと!)
杏里は家族という繋がりに執着しているようで、その想いが強い分、オレへの愛情が異常ともいえるほど強い。
「それよりさ、兄貴たちはどこに行こうとしているの? 一応友達と来てんだけどさ、人数は多い方が良いかなって思うのよ。兄貴と一緒は躊躇っちゃうけど」
(この状況を利用してお兄様とデート! これはもう行くしかないでしょ! 遊園地と言えば観覧車。そして、夜景を見ながら愛を語り合う。もうこれ以外ありえないでしょ。あ、お兄様の隣にはあたしが座りますからね?)
杏里はオレを睨み、腕を組んでからは目を逸らす。素っ気ない態度に誰しもが彼女を誤解するだろう。
そんな杏里の行動に対して、心の中では妄想を爆発させており、脳内でオレと杏里は夜の観覧車で、二人きりでイチャイチャすることばかりを考えている。
「つまりね、特別にあんたと遊んでもこっちはギリギリ許容範囲ってわけ」
(お兄様と遊ぶためなら、杏里の時間などいくら使っても構いません)
「あれ、杏里ちゃんこんなところにいたんだ」
(杏里ちゃんって目を離すとすぐにいなくなるんだよね)
そこへ藍色のロングヘアをした、帽子を被る大人しそうな女の子が現れ、ご高説を垂れる杏里の肩を叩く。
「千聖じゃない。ちょっと兄貴と出くわしてさぁ」
「へえ、あの人が杏里ちゃんのお兄さんなんだ」
「君はさっき杏里が言ってた友達か?」
「はい、はじめましてお兄さん。私は葉山千聖と申します。杏里ちゃんとは中学校からの付き合いなんですよ」
(お兄さんの事はいろいろ調べました。妹思いの優しいお兄さんだってことはわかっていますよ)
「田中英二だ。よろしく」
彼女は妹とは対照的に清楚な性格であり、人当たりも良く好感触だ。杏里とは中学の頃からの付き合いらしいことを、オレは今の今まで把握すらしていなかった。
杏里は素っ気ないために自分のことをあまり話そうとせず、オレを弄る旨の言葉を吐き散らすことが大半である。
ゆえにオレが千聖のことを知ることができなかったのは当然と言えば当然だろう。
「折角だし千聖ちゃんもオレたちと一緒に遊ぶか?」
オレは千聖を仲間はずれにするのは悪い気がして、彼女に一緒に来ないか提案をする。
「いいんですか!? 私もあなたと遊びたかったんですよ!」
(ぐへへ、杏里ちゃんのお兄さん、写真で見た以上に素敵だなぁ)
よく聞いてみると、杏里の友達もなんかおかしいな。時折妹みたいに気持ち悪いことを呟いている。あまりに気になったので好感度を確認すると、なぜか120もの高さを誇っていた。
少なくともオレは彼女を今日まで認識すらしていなかった。考えられるのはオレが彼女と会っているのを忘れているか、あるいは彼女が一方的にオレを認識しているかのどちらかである。
彼女について思い出してみて、驚く程に引っ掛かりが無いことから、オレが彼女と会ったことがある線は消える。
そうなると後者しかないわけだ。千聖は多分鈴音みたいなストーカー気質であり、オレを付け回して盗撮し、顔を合わせてすらいないオレに対して歪んだ愛を育んでいたに違いない。
「お兄さん、どうかしましたか?」
(お兄さんの良い匂いがこんなに遠く離れていても感じられるなんて、まるで運命の赤い糸で結ばれているようですね)
「いや、何でもない。気にしないでくれ」
オレの中にいるナビゲーターに、この訳の分からないストーカーが産まれた理由を尋ねてみる。
『彼女は個体名:田中杏里からヤンデレが感染して産まれた感染型ヤンデレです。感染型ヤンデレは他のヤンデレから執拗にターゲットの話題を振られたり、好きになることを強要されたりする生活を繰り返すと高確率で発生します。彼女の場合は田中杏里と毎日学校で貴方の話題ばかりを話していたようです』
『え、まじ? ヤンデレって感染すんの?』
『はい、吐き気も無いはずなのに他人が吐いていると吐きたくなる。いわゆる貰いゲロみたいなものです』
『はあ、千聖が面識の無いオレに歪んだ愛をぶつけるのはそれと同じ理屈ってことなのか。それにしてもナビゲーターの例えは汚いな』
『彼女の身に起こっている現象を分かりやすく解説した結果です』
ということは、昨夜部屋でパンツの臭いを嗅いでいた妹の姿は幻影ではなく、ますます現実味を帯びてきたというわけだ。
杏里は学校では一転してオレの話題を振りまくり、千聖みたいなオレをろくに知らない人間を病ませている。この千聖という子を見れば、ナビゲーターの考えが正しいのは一目瞭然である。
「お兄さん、初めて会った人に対してこう言うのもなんですが、その、手を繋いでもよろしいでしょうか」
(はぁ、はぁ、お兄さんの手、想像していたよりずっと大きい……)
「え? あ、ああ、構わないぞ」
オレは手を差し出すと、千聖は目を輝かせながらオレの手に自分の手を重ねてくる。見た目大人しそうな女の子なのに、それに反してぐいぐいと攻め込んでくる感じだ。
「うわぁー、手を繋ぐことでお兄さんが杏里ちゃんのお兄さんだって改めて実感できました。感触がそのままです」
(杏里ちゃんのお兄さんと手を繋げる日が来るなんて、夢にも思わなかったよ)
「えっと、キミ、いきなり初対面の人と手を繋ぐって、許可があったとはいえちょっと失礼だよ」
(英二くんに触っていいのはわたしだけなんだよ)
「いきなり手を繋ぐたあ、攻めてんな」
(このクソガキもアタシの敵っぽいな。英二に気安く近寄るんじゃねえよ)
「お兄さんの手、あったかいですね」
(それにしても、杏里ちゃんを含めてその、汚い雌が多いかな。早めにお兄さんから引き離さないとね)
「…………」
この子もヤンデレの申し子なようで、友人であるはずの杏里を含めてこの場にいる女性陣を全員敵視している。
「あのさ、千聖ちゃん。そんなに手を強く握られると痛いんだけど」
「あ、ごめんなさい。つい張り切り過ぎちゃって」
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