第8話 おかしくなりそうだ

(えへへ、これで恋愛関係は対等だな。孤立しちまったオレに話し掛けてくれるのはこいつだけなんだ。こいつしかアタシを分かってくれる奴はいねえ。他の奴はみんな敵。そうだ、英二に今度消して欲しい奴を聞いてみるのも良いか。アタシの取り柄は暴力しか無いし、それに頼られたいしな。もっともっとアタシを見て欲しい。アタシ以外を見ないでくれ)

「なぁ、オレに何か用があるんじゃなかった?」


 あ、やっぱやばいタイプだ。


「あぁ、忘れるところだったぜ。ほれ、これをやる」


 美咲はそう言うと、手に持っていたスポーツドリンクの入ったペットボトルを投げてよこしてきた。どうやら喉が渇いていることを察してか、わざわざ買ってきてくれたようだ。


「ありがとう」


 ヤンデレは暴走しやすいのが欠点だけど、気遣いの能力は一般的な恋愛関係よりも格段に高い。

 杏里の場合は自身が強いゆえにオレを守りたいといういわゆる庇護欲をオレに撒き散らしながらの甘えたがりであり、オレに構ってもらうことを第一としている。それゆえに美咲は今回のようにオレに気を遣い、喜ばせようとしてくる。


「オレはぼっちでも幸せに学校生活を送っているよ」


 そうした考え方の一環であることは分かっているけど、流石に他人を消すなんて犯罪行為の片棒を担ぐのは御免被るし、何より美少女である彼女の手をそんなしなくても良いことで血に染めさせたくない。

 若干唐突感のある切り出し方だが、ここら辺が潮時だろう。そろそろ美咲とも距離をおいた方がお互いのためだ。


「そうなのか? アタシにはそうは見えなかったが……ただ無理に追及するのも変な話か」

(英二の言っていることは全て正しい。だがこいつは他の女にも慈悲を振り撒く癖があるからな。そこは美徳でもあるが、同時にアタシがしっかりと管理する必要がある。だからと言って強引に迫るのは逆効果……今は慎重に距離感を測っていくべきだな。えへへ、まだ焦る必要はないぜ、橘美咲。アタシと英二は赤い糸で結ばれているんだ。そう遠くない未来にアタシたちは夫婦になって幸せに暮らせる)

「まあ心配してくれてありがとな。オレは大丈夫だよ。それに、美咲は可愛いんだし、きっとすぐに彼氏できるよ」

「ばっ、おま、こんなところで恥ずかしいだろ」

「はは、悪い。つい本音が」

「ふふ、なら仕方ねえな。許す」

「ペットボトルもありがとう。買いに行くの億劫だったから助かったよ」

「ったく、褒め過ぎだっつうの。そんなことしても何も出ねえぞ」

(はぁ……嬉しいぜ。こんなに褒められたら、英二の嫁になるしかねえだろうがよ)


 ヤンデレヤンキーの美咲と話しながらテニスコートの方も見ていると、杏里が圧倒的な点差で上級生を下したところが見えた。


「あいつやっぱ凄いな」

「あぁ、結構強いぜ。この前の大会では優勝してるんだ」

「ふーん」

(こいつが杏里のことを話していると胸がチクチクする。なんでだ? いや、理由はわかっている。あたしが英二のことが好きだからこそこいつが他の女のことを話していると嫉妬してしまうんだろう。あぁ、恋って辛いもんだな)

「なんだよ、そっちから振ってきたわりには興味無さそうだな」

「あ、わりぃわりぃ」

(お前から他の女の話なんか聞きたくねえからよ。でもきっかけを作るには必要だったからな。ちっ、アタシにもっと引き出しがありゃな。喧嘩の話なんてこいつは嫌がりそうだし、他の女が話してる可愛いものとか、アタシにはまず似合わねえし、そもそも好きな男の前で話すような話題じゃねぇ。どうしたらいいんだろう)

「ふーん、アタシもなんか部活に入るのも悪くないかなって思えてきた」

「テニス部?」

「そうだな。アタシとしては何らかの運動部に入ろうと思ってるけど、チームプレイは遠慮したいところだ。アタシは強調性無いし」

「確かに、美咲がチームプレイをする姿なんて想像できないわ」

「うっせぇ」

(英二と話してると、アタシにまとわりついた心の氷が溶けてるみたいで、すごく心地が良いぜ)

「はは、冗談だって」

「まあテニス部にしろ、他の何かにしろ、入るとしたら一人で活動できて、なおかつ高い程度の実力があれば良いと考えている」

「一人が好きだもんね」

「おう。それにスポーツには自信があるんだ。中学の頃はずっと陸上をやっていたしな」

「へぇ、意外かも」

「そうか?」

(走るのは気持ちいいし、風を切って走るのは最高に楽しいぜ。それに英二と一緒に走ったりしたら……って何を考えてるんだ! ダメだろそれは! 英二に苦労させようとするとか、あいつの妻として失格だろ! あぁ、アタシはなんて愚かでダメな女なんだ)

「なぁ、橘」

「なんだ?」

「それは無い。ちょっと聞きたいんだけど、中学時代陸上部に入ってた時ってどんな感じだった? やっぱり一人で練習していたのか?」

「まあな、周りの奴が不良入れんなとか騒ぎまくってよ、それが嫌で辞めたんだが、今思うと少し寂しかったかな。でもアタシには英二がいたから他に頼れる奴がいなくても全然平気だったがな」

「オレ? なんで?」

「ん? 何言ってんだ、アタシが一緒に居たかったからだよ。お前と一緒にいると楽しかったしな」

(はぁ……もう限界だ。これ以上我慢するとおかしくなりそう。だから絶対に離しちゃダメだ)

「あのな、橘」

「なんだよ、急に改まって」

「その……もし良かったらなんだけど……喫茶店行かないか?」

(中学時代はお前に迷惑掛けたくないから距離を置いたけど、今は違う。高校に入ってお前との距離感が近くなったからこそ、今まで言えなかったことも言える。だから、これからは遠慮なく行くぜ)


 のあさんと違って、彼女からはあんまり私欲を感じない。美咲はオレがいないと精神的に脆いようだ。

 そんな彼女の為にも、オレはなるべく一緒に居るようにしたいと思うのだが、あんまり美咲だけとイチャイチャしていると、杏里やのあさん、鈴音の反発を招きかねない。

 適度に彼女たちの相手をしつつ、解決策が浮かぶまで粘る。それが今のオレにできる修羅場や監禁ルートを避けるための最善策だと思う。


「話を聞くだけだけど、良いかな」

「別にそれで構わないぜ」

(外野がうるさくなるのが嫌なんだな。ああ、アタシはお前の妻だからな、それくらいは以心伝心で伝わる。だから大丈夫だ)

「んじゃ、妹にちょっと伝えてくる」


 美咲と喫茶店に行くことを、オレは杏里に伝えに行く。杏里は丁度、練習の合間に水分補給を兼ねた休憩をしており、ベンチに座って寛いでいる。


「ふーん、あのヤンキーと行くんだ。兄貴が殴られても知らないよ」

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