第51話 二人の歳下たち

「杏里、今日はゆっくりすんの?」

「んあ? いや、家にずっといんのも落ち着かないんだよね」


 妹はオレとは対照的にアウトドア派であり、学校に行く以外あまり家でじっとしていることがない。


「というわけで、今日は千聖と出掛けようと思うんだよね。お昼は向こうでご馳走してくれるみたいだし、せっかくだからお言葉に甘えて」

「そうなん、行ってくれば良いじゃないか」

「……あんたも来なさい」

「なんでだよ」

「理由なんてどうでもいいでしょ……強いて言えば千聖があんたも誘ってんのよ。それに、この前の事で色々あったんでしょう? 会っても良いと思うのだけど」


 ヤンデレ二人に挟まれるのは気が引けるけど、行かなきゃ面倒なことになりそうだし、ここは腹をくくるしかないのか。

「分かった。行くよ。支度してくるから、少し待っていてくれ」

「うん! 早くしてね!」


 オレが部屋に戻り、準備をしている間杏里はずっとオレの部屋の前に立っていた。

 杏里は扉を少し開き、オレの着替えをじろじろと見ている。


「何やってんだよ」

「べ、別に何もしていないわよ!」


 オレが注意すると逆ギレし、急いで部屋の前から逃げていった。まったく、何を考えているのだろうか。下心しか無いのは分かっているけどさ。

 杏里との約束通り、家を出て千聖の家に向かうことになった。彼女の家に行くには徒歩では遠いので、学校に行く時にも使う電車に乗って移動する。

 電車の中は通勤ラッシュよりも人は少なく、密度がそれなりには高くても座るスペースはそこかしこにあり、妹とオレは隣同士になる。


「あー、狭いわね。ちょっと寄るわよ」

(えへへ、合法的にお兄様のお側に)


 満員で身動きの取れない中、妹は器用に体の向きを変え、オレの腕を取り自分の方に引き寄せる。

 これは移動しにくい。そんなに近くに寄らなくてもいいだろうに。

 腕に当たる感触は妹の胸部であり、まだそこまで膨らんでいないが、伸び代を感じさせる。


(お兄様の部屋に侵入して発掘した妹もののラノベから、お兄様は巨乳好きだというのが判っています。毎朝牛乳を飲み、ジョギングを欠かしていないあたしの体はまさに成長期真っ盛りです。さぁ、どんどん攻めていきますよぉ)


 電車に揺られながら妹は自分の体を使ってオレを攻めている。千聖に見られたら大変な事になるな。あと、周りからの視線が痛い。

 しかし、こんな事ばかりしていたらいつか捕まりそう。オレって冴えないし、美少女の妹と比べたらぱっと見、オレが妹を襲っている暴漢にしか見えない。

 あー、自分で自分を扱き下ろしてるのって、やっててすごく虚しいし、なんか泣けてくる。

 それから駅に着くまで、杏里はずっとオレの腕を取っていた。たまにオレの方を見て、微笑む姿がとてもかわいい。


「さぁ、ここが私の家ですよ!」


 千聖の家は高級住宅街にあった。

 目の前に広がる豪邸。千聖の家は大きく、庭付きだ。そして玄関前には執事とメイドがずらりと並んでおり、その横にはリムジンが止まっていた。


「あの……えーと、本当にお邪魔してもよろしいんでしょうか?」

「もちろんです! お兄さんならいつでも大歓迎です! ささっ、入ってください」

(お兄さんの手、好き)


 彼女の家に入った途端、千聖に手を握られる。その手はとても小さくて柔らかい。でも、どこか力強いものを感じる。そんな女の子らしい手でオレの手を優しく包み込む。

 家の中は洋風で統一されており、全体的に落ち着いた感じになっている。花瓶や置物も高価そうな物が所々に置いてあり、まるで美術館に来たような感覚にさせられる。

 オレ達はリビングに案内され、そこには既に料理の準備ができていた。これらの料理は使用人ではなく、他でもない千聖本人が作ったようだ。


 杏里は親友のこの家には何回か来ていると話しており、実際に緊張の類は見られず、客人らしく堂々としている。


「こんにちは。お兄さんが来るって聞いていたから、張り切って作っちゃいました」

「いや、千聖は部活で忙しかったんじゃないのか?」

「それはそうですが、お兄さんにに美味しいご飯を食べてもらいたいのです」


 千聖がオレのために作ってくれた料理だ。断ったりしたら悪い事をしてしまった気分になるじゃないか。


「そっか、ありがとう。それじゃ遠慮なく頂くよ」

「はい! たくさん食べてくださいね!」


 食事の席は三人掛けソファーの前にあるテーブルを囲むように椅子が三脚ある。

 オレと杏里は向かい合う形で座り、オレの隣には千聖が座った。千聖は真正面でオレを眺められるので、満更でもない様子だ。


「お兄さん、こっちに座って!」

「あ、うん」


 杏里はじろじろとオレを眺めてきており、千聖は自分が手錠のようになり、ガッチリと腕を組む。彼女の谷間に、オレの腕はすっぽりと挟まり、胸の柔らかさがダイレクトに伝わる。


「今日はね、唐揚げとそれに合う庶民的なおかずを添えてみたんです」

「千聖もかなりできるんだな。凄いな」

「ふふん、私、何でもできちゃうんです!」


 隣にいる千聖の服装は爽やかな水色を基調にしたワンピースで、彼女のかわいらしさをより一層引き立ててくれる。そのせいもあって、とてもドキドキしてしまう。

 実直さが歩いているのあさんとはまた違った、ちょっと砕けた感じの清楚系であり、そこにギャップがありとても良い。


「さぁ、お兄さん、どうぞ召し上がれ」

「ああ、頂きます」


 目の前には色とりどりのおかずが並んでいる。その見た目だけでも十分に食欲が湧いて来るというものだ。千聖も杏里に負けず劣らずの料理上手であり、お金持ちキャラでよくいる世間知らずな人物ではないことが、黄金の衣を纏った唐揚げの姿によって証明されている。


「お兄さん、私の作ったものはどうですか? おいしいですか?」

「もちろん、うまいよ。こんな料理が毎日食べられるなら幸せだよなぁ」


 オレのその回答を傍らで聞いていた杏里はオレに聞こえるくらいの音で舌打ちする。千聖の機嫌を損ねるのは危険であり、実際に作られた料理は美味しいため、素直な気持ちで答えたわけだが、どうやら杏里の方の嫉妬を買ってしまった。


「杏里の料理も最高なんだ」


 オレはすぐに杏里のフォローを入れ、彼女を安心させるべく取り計らう。杏里の様子を見るべく、ちらっと彼女の方へ目を向けると、普段彼女がしない蕩けた笑顔が視界のぎりぎり外側に映っていた。

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