第39話 パレード

 杏里の弱点として、人混みはかなり苦手である。そこは昔から抱えていたものであり、この弱点が杏里の有り余る体力を浪費させ、のあさんによる介助無しでは一歩も歩けなくなる今の状況を作り出したのだろう。


「悪い、ちょっと考え事しててな」

「そうなのか?」

「あぁ」

「まぁいいや。それより、ほら、パレードが見えてきたぞ」


 街灯があっても暗闇の広がる園内ではあるが、遠くから聞こえる音楽と共に光を放つ一団が近づいてくる。オレたちはゆっくりと歩みを進め、徐々に大きくなる光の集団を見つめた。


「綺麗……」


 千聖は目を輝かせ、全てを飲み込む闇に抗い、目の前に広がっている光景に見とれている。のあさんや美咲、杏里も同様であり、人は美しいものに憧れ、手を伸ばしたくなるものだと学んだ。無論、オレもこの景色には感嘆を覚え、ずっと記憶に残しておきたくなった。

 これを消したら絶対に後悔する。そう考えただけでオレの意識が鋭く尖る槍となり、暖かさで鈍くなっていた脳裏を貫く。


「確かに綺麗だな……」

「おうおう、なかなか良いじゃねえの」

(今度は英二と二人きりで見てえ光景だ)


 このテーマパークのパレードが放つ光は夜の闇を穿ち、オレたちの顔を明るく照らしてくれる。


「さぁ、こっちも行こうぜ」

「お兄さん、はぐれちゃだめですよ」

「はいはい」


 のあさんの肩を借りて歩いていた杏里は、オレとしばらく歩いているうちに歩く気力を取り戻したらしく、一人で歩き始めた。

 しかし、まだ完全に復活したわけでもないため、美咲におぶってもらう事になったらしい。


「杏里ちゃん可愛いねー」


 そして、何故かのあさんがオレにおんぶを要求してきた。その顔はどこか嬉しそうな表情を浮かべており、背中からは鼻歌まで聞こえてくる。


「いや、オレは別に構わないけどさ……なんでまた」

「英二くんとたまにはこうして一緒に歩きたいなって思って。それにわたしも結構疲れてるんだよ? だからお願い!」


 のあさんは両手を合わせ、頭を下げる。そこまで頼まれると断るにも断れない。オレは仕方なく、のあさんを背負いながらパレードを見ることにした。


「ありがとう! 大好きだよっ」

(好き好き好き好き、英二くんと出会えて本当に嬉しい)


 のあさんによる耳元での囁き声攻撃に悶絶しながらも、オレ達はパレードを楽しんだ。

 パレードでは、可愛らしいマスコットキャラたちが様々な芸を披露してくれたり、時にはコミカルな動きをして観客を楽しませてくれている。

 キャラクターたちがする表情や仕草には個性があり、とても魅力的に感じる。

 そんなことを思いながらオレはみんなと一緒にパレードを眺めていた。


「はぁ……なんか疲れたな」

「そうだね、少し休もうか」


 パレードも終盤に差し掛かり、あともう少しで終わりを迎えようとしている。

 クライマックスとばかりにパレードは勢いを増していき、フィナーレに向けて一気に駆け上がっていく。その熱量に当てられたのか、周りの人たちは興奮し、歓声を上げている。


「杏里ちゃん大丈夫?」

「うん、ごめんね。ちょっと疲れたみたい……」

「無理もないよ」



 パレードが終わり、動けない程に疲れた杏里を介抱しようと思ったオレは、現地で他の女子と別れ、妹と二人で帰ることにした。


「兄貴ったらあたしに恩でも売る気? まぁ、別にいいけど」

「うるせぇよ。お前だって疲れただろ?」

「そりゃあね。今日は一日大変だったわ」


 妹の言う通り、今日のテーマパークでは色々とあった。まさか千聖があんなにアクティブだとは思わなかった。おかげで振り回されまくって、オレの体力も限界に近い。


「兄貴……」

「ん?」

「ありがとね」

「どうした急に」

「ふん……感謝くらい受け取りなさいよ」

「そうか」

「うん」


 オレは杏里をおぶり、家に向かって歩き出す。背中から伝わってくる杏里の体温はとても温かく、心地よかった。

 一日は濃かったものの、観覧車やカヌーなど、回り切れなかったものは多い。それもそのはず、乗ろうとすると女子たちに阻止された。

 ヤンデレたちはふとした拍子に抜け駆けされるのを恐れたのだろう。独占欲が働いたに違いない。

 どちらにせよ、オレが彼女たちに対して何かと特別な感情を持っているのは確かであり、遠からぬうちにこの気持ちを伝える日が来るかもしれない。

 そう思った時、自然と口元がキュッと締まる。背中から伝わる彼女の鼓動を感じながら、オレたちは帰路につく。


「何変な顔してんのよ。キモいわね」

「うるさいな。ほっとけ」

「へぇー、今回のことでもしかして好きな人でもできたのかな?」

(え? できたとかじゃないですよね。もしそうだったらお兄様を守るため、監禁することも厭わないでしょう)


 ニヤリと笑みを浮かべる妹の視線が痛い。ただ、裏ではヤンデレゆえにオレに対する猜疑心を募らせており、監禁される五秒前である。


「そういうのじゃない。気にするな」

「そっか……でも兄貴のことだから俄に信じられないんだよね」

(なんとかして真実を知らなければなりません。できる限りお兄様に迷惑を掛けないよう、最低限の処理に留めておきたい)


 妹はオレの肩を使って頬杖を突き、ジト目でオレを見つめている。この目は絶対に信じていない時の目だ。


「本当だってば。とりあえず、今は疲れてるから勘弁してくれ」

「仕方がないなぁ。じゃあ帰ったら尋問するね」

「はいはい、好きにしてください」


 帰宅後、妹による尋問が始まり、オレは洗いざらい吐く羽目になった。


「ふぅーん……兄貴はみんなが可愛いと思っているんだ」


 オレは妹に、今日遊んだ女子たちについて、オレが抱いた本音を正直に話した。

 もちろん、全員ヤンデレだとか、オレにしか知り得ない情報に関することは全て伏せている。


「まぁ、そうだな」

「なるほどねぇ。それであの子たちの誰かを好きになったりしていないわけね」

「今のところは……だけど」

「今のところは、か。ということはこれから先、兄貴はその子たちを恋愛対象として見る可能性があるということね」

「それはわからない。ただ、今日一日でみんな良い奴だってわかったし、嫌いではないぞ」

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