最強集結編—悪虐の始皇帝VS混沌なる天魔2


 魔神アボロス。

 人間世界の神話では闇に堕ちた時神だとされているが、もしルシファーにそう問うたなら彼はすぐさま首を横に振ることだろう。なにしろアボロスの実態は今は亡き本物の魔神の継嗣であるのだから。

 とはいっても、アボロスの十八番は時術。魔神というのはただの肩書きで——彼の両親の片方が時神であるように、本質的な話となるならアボロスは時神のはずだった。

 ではなぜ魔神と呼ばれているのか?


 それは片親である魔神が死して、偶然彼がその血を継いでいたからだ。

 つまり、何を伝えたいのかといえば、魔神アボロスとは魔神ではなく時神であるということ。そしてその力の正体が時術であることだった。






 ルシファーが魔神アボロスの権能を行使した。

 その刹那——時が停止する。

 まるで世界が凍りついたと錯覚するような停止空間。その中で一匹の天魔が穏やかに移動を始めだした。


「いくらあなたでも、アボロス様の時術には逆らえませんか」


 一縷の安堵を覚えて、魔力の槍を作り出す。標的は奇異な人間ただ一人。

 しかし、今のエンドは物言わぬ置物と変わりない。あとは首をはねるだけだった。


 少しずつ、少しずつ、間合いを詰めていく。そうして槍が届く範囲まで近づくと——


「……?」


 些かばかりの違和感に気づく。それは根拠のあるものではなく、いわば勘に近いものだ。

 もしも細心の注意を払うのであれば今だろう——そんな冷静な思考を脳裏によぎらせながら、ルシファーは魔力の槍を強く振るった。いつもの彼なら優先して違和感を払拭させるだろう。しかしそうならなかったのは兼ねてより胸に縛りつくエンドに対しての“畏れ”であった。


 ————はやくこの男を殺さなければ……わたしが殺さやられる……!


「——ッ!」


 スカッ。そんな効果音が付加されたように、槍はエンドを斬った。しかしその男が傷ついた気配はない。むしろ時が止まったままの自然体だ。

 それを見て、ルシファーは一つの結論に至る。


「これは……まさかっ——」


 ————さっきのは残像か!


 銀の髪を振り乱しながら勢いよく振り返って、しきりに周囲を見回すルシファー。少しして、背後にいたはずのエンドが霧のように消えた。

 次の刹那、


「時間を止められた感覚は久しく忘れていたぞ。お陰で数秒とはいえ足止めを食らってしまった、羽虫が」

「やはりか……ぐはァッ!」

 

 ルシファーの横頬が悪虐の男に殴られた。大振りの右フックだ。続けて鳩尾に一発、二発、最後にくるりと一転してからの踵落としを派手にかましてその手に魔法陣を展開。

 

「〈神霊の焔アグニ〉」


 間髪入れずに三つの炎球を魔法陣から飛ばし、そのうちの一つがルシファーを巻き込んで地面まで拉ぐ。

 傍近の木々が高く燃え上がった。


 時間停止はとうに解除されており、その原因は間違いなく〈神霊の焔アグニ〉による損害だろう。

 未だ炎球を両手で受け止める天魔は歯を食いしばりながら耐えて、力任せに空へ押し上げた。


「はぁ……はぁ……」

「耐えたか。死に損ないめ」


 荒く息が吐かれている美しい容貌は歪み、白かった肌は皮が剥がれ焼け爛れていた。ぷるぷると震える手足を無理に抑えるように、ルシファーは口を開く。


医神アスクレピオスの名の下に我、……ルシファーが代行者たる権能を……行使する」

「ふむ……その奇術、おかしなものだと思っていたが神の力だったか」


 ————以前なら術理カーティオの瞳で一発だったんだがな。今では神の力すら見抜けぬか……。


 エンドは内心、自身に対して失望した。

 全盛期に比べての明らかな弱体化。それが大きくエンドの失望を高めている。

 ため息をこぼしながら視線をルシファーに向けると、すでに焼け跡が完治し、元通りの白い肌に戻った天魔が飛翔して来ていた。


「しぶといな……小蝿ではなくゴキブリだったか?」


 悪虐の始皇帝が小さく独言した。


 

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