回想—悪虐の始皇帝1


 世界は闇に染められた。一切の星の光が遮断され、たった一匹の蜥蜴人リザードマンによってこの星——ゲードは光を失いし闇の世界へ変貌したのだ。

 人々の過半数は死に瀕し、病にうめいている。魔物の過半数は蜥蜴人リザードマン——つまり世を統一した大魔帝たる男に逆らい処された。残りの魔物は大魔帝の支配下におかれ、もはや誰も大魔帝の足を止めることはできぬ状態である。


 それは慢心などではなく紛れもない事実。大魔帝も人間も魔物達も、神さえも疑いはしない道理。

 だが世界は——否。宇宙は広い。今この時、ゲードに招かれざる来訪者が降り立つ。艶のある黒髪、紫と赤のオッドアイ。整った顔つきはしかし、他者を下に見る傲慢さに隠されていた。


「その身なり、オマエがゲードの支配者か?」

「……」


 豪華な装飾が施された玉座の間。その最奥に定められている玉座に腰を下ろす蜥蜴人がにわかに目を細める。

 原因は音も気配もなく現れた人間種と見られる謎の男。それが醸し出す雰囲気。


 大魔帝は気づいていた。突如現れたこの男が己と同じたぐいの存在——強者であることを。


「何用だ。名も知れぬ強者よ。玉座の間ここまできたのだ、余が目的であろう?」

「理解が早くて何よりだ。言葉を飾りはしない。オレに、エンド=E=サリバンにこのゲード世界を譲れ、黒き世界の帝王よ」


 厳かに告げられた言葉を意に返さずエンドは返答する。

 はじめての経験に少しだけ呆気に取られたものの、大魔帝の答えは考える余地もなく決まっていた。


「……ならぬ。余が手に収めた物なのだ。欲しくば奪え、それがゲードの法である」

「ほう? ではオレと戦うるか?」

「ヌシが望むならそれも止む無し」


 戦の気配に大魔帝が玉座から立ち上がる。蜥蜴人という種族故か身長はエンドよりもずっと高く、本人にそのつもりが無かろうとも威圧感が溢れ出ていた。


「そうか、では——死ね」


 刹那の時の中、エンドが大魔帝に接近した。

 その手には移動のさなか魔法陣より顕現された一本の魔剣が握られている。


「ヌ——ッ!」


 迫り来る剣撃に、大魔帝は無意識下で体の内に眠る能力ちからを呼び起こした。

 主人の命に従い、実体を持つ“闇”が複数底から生えて、内一本がエンドの剣を受け止める。


「驕ったか、強者よ」


 そのまま数の利を活かして“闇”は全方向からエンドに襲いかかった。回避の隙間をなくした乱暴な攻撃だったが、その一撃一撃は重くしかし——空を切り裂く。

 

 ————見失った……!?


 と、大魔帝が全身を“闇”で囲いながら城内にいるであろう配下に招集命令をかける。魔力を伝わせた雑な方法ではあったが、それでも彼の優秀な配下は転移の魔法でもって即座に玉座の間へと姿を現した。


「陛下! ご無事でごさいますか!?」

 

 異形の怪物を先頭に多くの魔物が口々に心配の言葉を叫ぶ。だがそれに構うことなく、“闇”で作られた壁の僅かな穴から一匹の蜥蜴人は——強く口を開いた。


「上——」

「邪魔だうじ共!」


 現れた配下達の真上に巨大な魔法陣が作られた。むろん、作ったのはエンドであり陣のサイズから容赦の無い魔法を放つのは火を見るより明らかだ。

 そして、


「〈広がる炎フレイム〉」


 短な詠唱を経て多量の炎が膨大な熱量を秘めて魔物達に降りかかる。


「ぐぎゃあああ!?」「な、なんだこれ!?」「て、撤退! 一旦撤退だ!」


 その炎は対象を燃やすまで広がり続ける業火であり、エンドが一度狙いを決めた以上それが死ぬまで永遠と追い続けるだろう。

 生きたまま燃える者、逃げ切れたと思いきや炎に囲まれた者。地獄と化した大魔帝の城を、さらに地獄にせんとばかりに炎は燃え盛る。


 これを止めるには目の前の男を殺すしかない。大魔帝として判断を下した蜥蜴人は“闇”を解いてから身体に纏い、捨て身の突進タックルをエンドに繰り出した。


「なんだ? ここでは戦いたくないか?」

「ヌシの狙いは余であろう。ここは少し邪魔が多すぎる。誰もいない荒野の方が気を無駄に遣わなくて済むであろうしな」

 

 焼け焦げた魔物達を尻目に大魔帝はマーキングしていた荒野へと転移する。もちろんエンドを連れて。

 今度こそ本当の戦いを始めるために。

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