回想—機械軍の王3


 エクス=ギアルスは孤独である。

 しかし彼に進言する者などおらず、機械の配下はただただ無言で従うのみであった。

 

 物心ついた頃から頭が良く、所謂子供の遊びを娯楽として見れず。にこりとも笑わない表情ゆえ同年代からは避けられた。

 そんなエクスだが……両親だけはいつも優しく鮮明に覚えていた。遊ばない彼を初めは心配し、頭が良いと知れば不気味がらず笑顔で褒め、唯一子供らしいと言える物作りの趣味が判明するとそのための道具を揃えてくれた。


 しかし——当時のエクスはそれら全てが「当たり前」だと感じていたのだ。感謝など必要なく、親が子へ気にかける事も金をかける事も当たり前だと。

 そんな彼は……後にそれが誤りだったと知る。


 生まれ故郷が滅んで——両親が死んで三年後のことだった。





「〈邪竜炎破滅砲ドラゴン・ブレス〉!」


 アジ・ダハーカの真ん中の頭部から吐かれたビームのような赤黒い炎と魔力悪霊砲レールガンが衝突し、次の瞬間——爆発した。


「脆弱な生物と言えど……得物が優秀ならば話は別か」

「案ずるな。その脆弱な生き物がキサマに傷を付ける」

「——なんだと?」


 ピクリと邪竜が反応を示す。

 怒りではない。何処かで聞き覚えのある台詞だったからだ。

 だが……どこだ?


「アイ。エネルギー残量を全て使用する! 一先ずヤツを外に出すぞ」

[了解しました]

「そうか貴様——」


 これ以上、邪竜の話を聞く気はない。言外に伝えるかのようにエクスの速度が先の五倍、いや、十倍近くまで早まった。

 後を考えない贅沢なエネルギーの使い方。しかしその甲斐あってアジ・ダハーカの腹を蹴り上げられた。


 一方で蹴り上げられた邪竜はそれどころではない。

 元々雰囲気に違和感はあった。無いだろうと思いつつも可能性は考えていた。だが……


『案ずるな。その脆弱な生き物がキサマにを付ける』

 

 この発言がその可能性を確信へと変えたのだ。

 つまりエクス=ギアルスは、かつてかの竜が不本意な勝利を収めることになった大英雄ベルの子孫である、と。


「クククッ! そうか、そうかそうか! これもまた運命! 巡り合わせとは実に愉快なものよ」

「運命? 否、これは運命ではなく、必然だともアジ・ダハーカ」


 エクスの右ストレート、踵落としが決まると、今度はアジ・ダハーカが鋭い爪を振り下ろして反撃した。

 もちろんアイの相手の行動を事前に予測する機能がある限り接近戦闘で負けはあり得ない。


「一つだけ、嘘をついた」


 回避しながら彼が呟く。

 それは本来口にするつもりはなかった言葉。自分らしくない、己が抱くヒトらしい唯一無二の感情。

 

「キサマの心臓が欲しい、というのは嘘だ」


 素早く邪竜を中心に回りながら撹乱させる。隙が見えれば殴りまた逃げるように回る。

 強い者ほど戦闘において動きが単調になり易い。アジ・ダハーカはその典型だった。


「今から約十年前。キサマは竜の息ブレスを吐いただろう?」

竜の息ブレスだと? ……嗚呼、あの魔王の配下とか名乗る小虫を始末する時か」


 徐々に記憶を蘇らせている姿。なんだか視界に収めただけでエクスは謎の痛みを感じた。

 それを悟らせないよう注意して続ける。


「ではキサマの竜の息ブレスによって滅んだ村は知っているか?」

「滅んだ村? 何のことかさっぱりだ」

「……そうか——ならば良い」


 ——怒りだ。明確な怒りをエクスは自覚している。

 自身が今ある唯一の感情。親への感謝だとか、申し訳なさとかは無いくせに。一丁前に復讐心だけはある。

 両親を殺した眼前の邪竜を殺す。両親に感謝を伝えなかった自身を殺す。


 エクスはプログラムされた機械のごとく、遠い記憶、父と母に褒められた物作りだけを行ってきた。これからもきっと無我に行うことだろう。

 だけど、その前に。流星界ミーティアに住み着く最強の怪物アジ・ダハーカに復讐を遂げなくてはならない。


 敬愛すべき父と母が世間を知らぬ幼き頃、褒めてくれたこの機械作り才能で。


「グァッ——!」


 エクスが邪竜の顎を下から殴り上げた。洞窟上部に叩きつけられた相手が落ちてくる前に両手を組む様に合わせる。


「アイ。エネルギー供給を——」

[もうやっております]

「よし。さすがワタシの頭脳だ」


 この一撃を放てばまず間違いなく動けなくなる。だがそれで良い。動けなくなろうとも、これが決まれば勝てる。


 ——全エネルギー集中・特大魔力悪霊砲レールガン


 両手を変形させた巨大な銃口から滅失の光が放射された。狙うは邪竜の腹部。


「グオォォ!」


 邪竜が岩を砕き上空へ押され始めた。壁上と魔力悪霊砲レールガンに挟まれているため翼も使えないだろう。


 ————このまま押し上げる。


 ガリガリガリとついに洞窟を崩しながら邪竜を外へ追いやれた。とはいえダメージは少なそうで、咄嗟に翼で体勢を整えている。

 だけど……だ。


「人間に驚かさせるのは何百年ぶりだ! クククッ、嬉しいぞ!」

「驚くにはまだ早いぞ厄災の竜」

「どういう意——」


 正しく最強の怪物は絶句した。

 違う。何もかもが。


 あの緑豊かな景色はコンクリートと鉄に変わり果て、海と見間違う広大な池すらもなくなり長方形の建物に変貌していた。

 

「ビルだ。キサマよりもずっと大きいだろう?」

「……久しく外に出てみれば——やはり貴様の仕業だったか」

「ワタシはただ一匹の邪竜を殺さんために世の全てを機械にしたよ」

「笑止。その程度で我は滅びん」


 その自信はどこから湧いてくるのか。しかし無理からぬこと。七千以上の魔法と高い身体機能。この距離で会話できる点から聴力も並はずれている。

 だが、それがどうした?

 こちらは全てを捨てて総力を挙げているのだ。負ける訳にはいかない。


「アイ、アイ。反応しろ」

[人工知能・アイ。起動します]


 緊急のための通信機は壊れていなかった。開発してから確認で一回使ったきりだったので自信はなかったが……


 ————危なかった。仮に故障していた場合ワタシが死ぬ確率は九十%ほど跳ね上がっただろうか。


「見ての通り奴には未だ滅びる気配がない。ヴァルヴァトスアレより高い性能の物はないが……ワタシに別の鎧霊装パワードスーツを送ったのち、機巧城を動かせ」

[了解しました。機械軍はどう致しますか?]

「飛行型のみを向かわせろ。陸上型は一定の距離を取り砲台として置いておけ」

[了解しました]


 これで一安心、とはいかない。先の一戦でアレが真の厄災の竜であることは嫌なほど思い知らされた。本来の計画なら既に死んでいる——とは言わずとも瀕死に近い状態になっているはずだった。

 

「貴様の努力は賞賛に値する。が、滅ぶのは貴様だ——〈氷結竜砲グラキエス・ブレス〉!」

「アイ! 急げ!」


 竜だけに許された魔法は総じて強力だ。当然、今回もそうだろう。

 アジ・ダハーカの口元に展開される魔法陣。それを下へ向けられて、エクスは強く拳を握ることしかできなかった。


 そして放たれる————前。洞窟の開けられた穴から一機の犬が手のひらサイズの腕輪を咥えて飛び降りた。


 ————間に合った!


「投げろ!」


 腕輪が投げられてエクスは片手でキャッチすると流れるように左手首に装着した。そのまま急いだ様子で腕輪を弄ると。


[認証確認しました。竜型ドラゴンタイプ鎧霊装パワードスーツ起動します]


 瞬く間にエクスの身体は全身が鎧に包まれた。鋼鉄の翼が付けられた鎧は竜を素材にしている。とはいえ、邪竜や古竜、神竜、聖竜などとは比べ物にならない低級竜が素材のため、性能は低い。

 だがさすがアイだ。この鎧は性能こそ低いが耐久力は高い。これなら〈氷結竜砲グラキエス・ブレス〉も耐えられるだろう。


「哀れな王よ喰らえ!!」


 長い時間溜めた氷と魔力の混合した奔流が放たれた——直後。


「グァ……!」


 円形の巨大な城が邪竜に突進した。傷こそ負ってないが、〈氷結竜砲グラキエス・ブレス〉の軌道は大きくズレた。

 思わぬ方向、右側へとズレた氷の奔流は一箇所から中心に全方向に津波のように凍らせていく。


 ————とんでもない冷気……あれを貰うのはまずいか。最低でも直撃は避けなければ待つのは死だな。  


 この距離でしかも鎧霊装パワードスーツを着用してもなお震える手足。

 武者震いならばここまで警戒もしないが感情の欠落した己に限ってそれはない。


「アイ。奴の強さは、特に防御力は我々の想定を遥か超えている」


 悪魔の魂を使った鎧霊装パワードスーツのエネルギー砲ですら無傷の化け物を殺す方法。

 エクスの考えうる中では一つしかない。しかも成功する確率は低く、少しでも違和感を抱かれれば失敗するだろう。


 だが、やるしかない。


「アイ、ワタシの中の入れ」

[了解しました……進入完了]

「ではワタシの作戦に従え」

[了解しました]


 身体内部に何かが入る感覚は嫌だが、声を出せば聞かれてしまう可能性がある以上仕方がない。

 

 ————“ワタシ”が率いる人型機械軍を利用すれば……。







「あの不気味な人間め……また奇妙な物を作る」


 ——〈闇竜息ヘル・ブレス〉!

 円形の浮遊城に向かって闇の炎を吐き出した。しかし機巧城は後退するだけとどまり、むしろ突進して来る始末。

 

 ————我が炎を受けきるだと? この物体には魔法に対する何らかの耐性があるのか?


 もしかしたら魔法耐性がある邪竜の鱗を素材にしたか。しかしこの世界にはアジ・ダハーカ以外の邪竜が既にいない。

 その線は薄いか。


「ならばッッ!」


 己の肉体を持って破壊するまで。

 と、考えるや否やすぐさま一回転するような動きで上部から漆黒の尾を振り翳した。

 強大な衝撃を受け、甲高い音を立てながら下へ堕ちる機巧城。


「さすがは伝説の竜。ワタシの城など恐るるに足らずか」

「貴様は……新しい得物か」


 竜型ドラゴンタイプ鎧霊装パワードスーツで全身を覆ってしまっているからか邪竜の反応は少し遅れていた。

 だが、アジ・ダハーカが最も注視したのはエクスの背後に浮かぶ人型の鉄機械だ。


「行け」


 全四機は命令通り邪竜を討伐する勇者一行のように立ち向かった。

 しかし、

 

「鬱陶しいわ」


 低く唸った邪竜はまず巨大な両腕を振るって二機を握りつぶす。その後握りつぶした二機を別の二機に投げつけた。その間僅か0.2秒。


「策は尽きたか?」

「……いや。何があろうとも——ワタシが死のうともキサマは殺す」


 もとよりエクスはあの機械が時間稼ぎにもならない事を察していた。だからこそ竜の巣にも機械達を引き連れなかったのだ。


「まあこの場ではワタシも変わらんか」


 わかっている。エクス=ギアルスはただのか弱い人間でしかなく、強いのは己が作った機械であると。竜の巣にしてもあの場で拮抗した戦いを出来ていたのは竜種が自由に動き回れるほどの空間が無かったからに過ぎない。

 今この天空空間は竜にとって絶好の狩場。


 ————さて、本格的に動くか。


 大丈夫。準備は進んでる。あとは相手を誘導するだけだ。

 そんな事を思いながらエクスは急降下を開始する。


「逃走……か?」


 ————いやしかし。あの男の目はそのような類をする人間のものではなかった。狙いがあると見たほうが……。


 エクスが目的の場所で立ち止まる。ちょうど、邪竜の真下だ。

 そこで、先の洞窟の時と同じ両手を組んだ体勢に変え——発射。


「また同じ技か。やはり万策尽きたのだろう?」


 そう言いつつアジ・ダハーカの牙の内側には紅蓮の炎が篭り始める。間違いなく此度の争いで最も強力な竜の息ブレス。ここでエクスを仕留めるつもりなのだろう。

 だが、


 ————キサマならそうすると思っていた。


 この竜ならばそうするであろうと予測していた。

 圧倒的強者には弱点が存在する。強者ゆえの油断だったり、動きが単調になったり、呑気に相手を観察したり、戦を楽しんだり。

 この邪竜は傲慢でこそ無いものの殆どがその特徴に当てはまっている。


 だから、少しの違和感も抱かないのだ。

 エクスが大袈裟に動いていたことも。絶対に殺せないと理解しているはずなのに敢えて同じ技を使ったことも。

 なにより——————エクス自身が己の命を賭すつもりでいることも。


「〈竜死炎息デス・ブレス〉!」


 絶死の炎が滝のようにエクスへ向かった。その瞬間——アジ・ダハーカは視界の端で映るいるはずのないものを見た。


 それは本来下に居るはずの——エクス。

 いや、違う。下に居るはずではない。確かに下にはエクスが無表情な顔で組まれた両手を構えている。

 では今視界に入った者は誰だ?


「厄災の竜。やはりキサマは強者の典型だった。だから警戒を怠りもう一人のワタシと——」


 ——上空の機巧城に気づかなかった。


 ゾワリ。

 嫌な汗が流れた。


「蓄積する時間は十分あった。撃てやれ、アイ」

[機巧城・エネルギー大砲、撃ちます]


 刹那。天から降り注いだのは光の柱だった。それが邪竜を上から押し込み、


「————」


 鱗を焼いた。焼かれた鱗はボロボロと崩れ落ち、空を隠すような翼は燃やされた紙のように内から穴が開き始める。

 苦悶の叫びもあげる暇がなかった。まるで太陽に沈められたような耐え難い熱がアジ・ダハーカの視力を奪い飛行能力すらも低下させた。


 翼なき竜などもはや蜥蜴だ。


「グッ……!」


 遂に、伝説の竜が堕ちた。落ちる先はエクスのすぐ側。

 それとほぼ同時のタイミング。アイから応答があった。


[全エネルギー放射完了、機巧城落ちます!]

「構わん」


 光の柱が引いた。

 同時にのしかかる上からの威圧感。アイの言う通り機巧城が落ちてきていた。このまま垂直に落ちればアジ・ダハーカに直撃し、エクスも一緒に踏み潰すだろう。


 丁度いい。


「グッ! 貴様……はじめからこの腹積りか……」

「まともにやり合えば死ぬのはワタシだった」

「……そうか。貴様は今までに見ない愚かな英雄——」


 とうとう機巧城がアジ・ダハーカを黙らせるように墜落した。

 そして同じく衝撃を受けたエクスはもげてしまった頭部のみで、言う。


「……言っただろう。ワタシは英雄ではない、一人で機械を作り続ける哀れな王だ」







 星を機械で溢れさせ、遂には星そのものを機械にしてしまった男がいた。

 その者——厄災の竜を打ち倒し、天才的な頭脳で億の戦力を従えるうつつ鬼神。

 純潔の人間である貧弱な男はあらゆる機械を作り出し、掌握することからこう呼ばれたという。


 ——機械軍の王エクス・マキナ




 

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