最強集結編—エクス=ギアルス1


「これが魔力を吸い取る呪具か……」

「そうみたいね。呪具ってわりには普通の指輪に見えるけど」

「オレのにはコレが呪いを受けているようにしか見えないがな」

「あら? そうかしら?」


 エンドは黒いオーラが溢れる指輪を凝視した。リィルには何の変哲もない一般的な指輪に見えても、術理カーティオの瞳で覗き込めばそれがまやかしであるとわかる。

 この世界の呪いは魔法に極めて近いので、初めての分析だったがスムーズに進めたのは僥倖だった。


「まあどっちでもいいわ。とにかくマインさんにこの指輪を届けないと……」

「マーキングならしてある。いつでも転移べるぞ」

「わかったわ」


 そう言ってリィルは背後を振り返った。そこにいたのは心ここに在らずといった様子のパイトス。

 魅了したことを少なからず悪く思っているのだろうか。


 ————しかし後悔ならば遅いぞ。魅了の効果は強力であるほど解けづらいからな。


 リィルの場合、解くのは不可能に近いだろう。百の異世界を支配したエンドですら見ることの叶わなかった完全完璧の魅了が、そう易々と解かれたらそれこそ驚嘆せざるを得ない。

 恐らくパイトスのこの先は魅了の餌食となった瞬間に決まっていたのだ。


 自我を無くし、ただ一人の女に染められた男の未来は色消えた灰の世界。リィルが「いつも通り」の日常を送れと命令すれば疑いなどなくそれを続けるはずだ。

 果たしてそんな男を生きていると言えるだろうか。


「ごめんなさい」


 否——そんな訳がない。

 少なくとも彼女はそう考えている。パイトスの情報をくれた三人の冒険者も現在のパイトスと同じ状態だが彼らは別だ。下らない欲に従ってリィルを下品な目で見たどころか、手を出そうとすらしてきた。自業自得だ。

 しかし今回初めて違う。こちらの都合でパイトスを魅了してしまった。


 確かにパイトスは噂通り聖堂騎士を嫌っていた。確かにパイトスは女好きだった。しかしそれでも一線は超えていなかった。それはつまり彼に理性があったという事。

 なんであろうとリィルがその人生を奪うべきではなかった。

 けれど、と彼女は胸元に手を当てる。


 ————あのままじゃ……呪具を作ってくれなかった。


 そうなればマインとの約束を守れず、聖堂騎士達を見殺してしまうことになる。多の命か一の人生。彼女の中での天秤は一秒も経過しないで大きく傾いた。


「パイトス……どうか私のことなんて忘れていつもと同じ日々を送りなさい」


 魅了したところで対象の記憶を弄ることはできない。そんなのはわかってる。だが彼女は今の言葉を言わずにはいられなかったのだ。


「いくぞ」

「……」


 少し暗い気分になったまま、エンドは転移の魔法を行使した。

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