第21話 友人とお菓子作り 1



 ズボンのポケットから部屋のカギを取り出した秋人は、鍵穴にそれを差し込むと解錠。がちゃりと扉を開けると、部屋の中に二人を招き入れた。



「さ、どうぞー。っていっても特に面白いものはないけど」

「お邪魔しまーっす。へー、中はこうなってんだなー」

「お、お邪魔しますっ……!」



 玄関で靴を脱ぐと、一旦買ってきた荷物を置く為にリビングへと向かう。ちらりと二人を見てみるときょろきょろと内装へ視線を巡らせているのでなんだか恥ずかしい。黒峰がたまに部屋に上がるので最近ではこまめに掃除するようにしているのだが、何か変なものなど置いてなかっただろうか。



「案外広いんだなぁ。こうして三人居ても狭く感じないし、充分一人暮らしにはぴったりじゃん」

「そうだね」

「引っ越しの段ボールとかもうないんだね……。私もそろそろクローゼットに仕舞う分を荷解きして整理整頓しなきゃ」

「そっか、そういえば三嶋さんも僕と同じように引っ越してきたんだよね?」

「うん、ここからだいぶ離れたアパートなんだけど、色々と整理するのが大変だからって後回しにしちゃった……」

「わかる」



 思わず秋人は咄嗟に共感の声を上げる。


 その気持ちは大変よく分かる。新生活が待ち構えている以上、必要なものを最初に準備してしまえば荷解きは優先順位が下がってしまうのだ。


 秋人の場合、何事にも準備を怠らないタイプなので入学式前には全ての荷物は整理し終えたが、正直にいえばそういった収納や整理整頓は苦手である。今回の自分の荷解きも後々面倒になるよりはと適度な休憩を挟みながら推し進めるも、面倒だと思う気持ちは否めなかった。


 しかも三嶋は女性なので荷物が多ければ多い程大変さは増すだろう。大学の同級生とはいえ気軽に「手伝いに行く?」だなんて言えないので、是非彼女には無理をしない程度に少しずつ整理整頓していって欲しい。



「何その引越しした奴にしかわかんねぇ会話……」

「あはは。まぁとにかく根気強く少しづつ整理していくしかないよね。頑張って、三嶋さん」

「頑張ります、秋人くん。むしろ今日帰ったらすぐに片付けよっかな」



 秋人が励ましの言葉を伝えると、むん、と両手でガッツポーズを作りながら真剣な表情で意気込みを告げる三嶋。


 その小柄な体躯からはなんとも微笑ましい様子が伺えるが、そろそろ今日の本筋へと戻るとする。



「さて、それじゃあ早速メレンゲクッキーを作る準備に取り掛かろっか」

「おうっ!」

「はいっ」



 まずはテーブルの上に先程購入してきた材料を並べていく。高校生の頃は執筆作業ばかりで学校の友達と遊ぶ機会など滅多になかったが、大学で出来た友人とこういった交流を育めるのは純粋に嬉しい。


 目を細めながらテーブルに並べた材料を声に出して確認する。



「十個入り生卵三パック、砂糖、食紅、抹茶パウダー、ココアパウダー、クッキングシートに絞り袋。あとはメレンゲクッキーを入れるラッピング用の袋に、小さな紙袋……で大丈夫だよね、三嶋さん?」

「うんっ、必要なものは全部揃ってるね!」

「オッケー。それじゃあ僕、部屋に荷物置いてくるから先に手を洗って待ってて」

「あいあい」

「あ、ごめん平山くん、ちょっとお手洗いお借りしてもいいかなっ?」

「うん、いいよ」



 あっちにあるからね、と秋人が玄関に繋がる通路を指差すと、三嶋はありがとうと口に出しながら荷物からポーチを取り出してトイレへ向かった。その様子を見届けると、秋人も大学の講義に必要なものが入ったバッグを置く為に部屋へ向かう。


 これから作るのはさくさく食感、ふわりとした口溶けが特徴的なメレンゲクッキー。調理自体は難しくないのだが、プレーンのみだと味や見た目が単調すぎるので様々な味を楽しめるように食紅や抹茶パウダー、ココアパウダーを用意したのだった。


 駿平が言うには、幸いにも東雲は好き嫌いはないという。

 調理工程は少しだけ増えるが、色とりどりのメレンゲクッキーは目で見ても楽しいので、きっと甘い物が好きな彼女にも喜んで貰えるだろう。


 秋人がリビングに戻ると、キッチンにいた駿平から声が掛かる。



「おーう秋人、手ぇ洗ったぞ。次は何すればいい?」

「そうだね、じゃあ三嶋さんが戻ってくるまでの間に必要な調理器具とか準備しちゃおっか。ごめんだけど駿平、テーブルの上にある材料こっちに持ってきてくれるかな?」

「あいよ」



 その隙に手洗いうがいを済ませると、オーブンを温めておく。事前に予熱しておくことで綺麗な焼き上がりになるので、実は大事なポイントだったりする。


 キッチンの戸棚からボウルや泡立て器を取り出してエプロンを装着すれば、お菓子作りの準備完了である。あとは三嶋を待つだけ、なのだが……しばらく待っても出てくる気配はない。



「……三嶋さん、ちょっとトイレ遅いね? 大丈夫かな?」

「おいおい、女の子なんだからそれは言わないお約束だろうがよ。そんなんだから彼女いないんだろー?」

「大学デビューで金髪にしたイキリパツキンにそんなこと言われたくありませーん」

「うぇっ!? そそそそんなこと誰から訊いたんだよ!!?」

「東雲さん」

「おのれ渚めぇ……!!」



 駿平が風邪を引いてる時に大学で東雲が話していたのだが、どうやら高校生の頃は明るい性格はそのままに、黒髪で高校生活を送っていたらしい。金髪にした理由は訊いてもはぐらかすので彼女もわからないと言っていたが、おおかた大学生活を満喫したいという理由からなのだろう。


 大学で出来た友人は意外に恥ずかしがり屋らしい。


 何気ない会話を続けていると、やがて手にハンカチを持った三嶋がリビングに戻ってきた。



「お、お待たせっ。……わ、もう準備できてるんだね! ごめんね、何にもできなくて……」

「ううん、気にしないで三嶋さん。今日の調理は手本を見せたらほとんど駿平にやって貰うつもりだから。料理が出来る僕らは見守りがメインかな」

「えぇ、マジ……?」

「そんな心配しなくても大丈夫だよ、駿平。そんなに難しい工程はないし、見本を見せつつ大変なところは手伝うからさ」



 緊張するかのように表情を固くさせる駿平だったが、秋人は安心させるかのように笑みを浮かべる。いそいそとエプロンを着て手洗いをしていた三嶋へ視線を向けると、よし、とそのまま言葉を続けた。



「三嶋さんも戻ってきたことだし、早速始めよう」

「おし」

「はいっ」



 二人の気合の入った返事を訊いた秋人は、初めに生卵に手を伸ばしたのだった。


















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