閑話 私の大好きな◯◯くん♡




「ふんふふん♪ ふん、ふん、ふふーんっ♪」



 ———とある少女は、棒のついたキャンディを口に咥えながら薄暗い部屋の中でパソコンを立ち上げてカタカタと文字を打っていた。その部屋を照らすのは、モニターの僅かな光源のみ。


 少女の顔には、うっすらとした笑みが浮かんでいる。眼鏡越しに見える綺麗なガラス細工のようなその瞳は不気味な程に爛々と輝いており、食い入るようにそのモニターを注視しながら決して手を休めない。


  一人暮らしをしているおかげで自由に大学生活を送っている少女だが、彼女を知る第三者がこの姿を見れば、きっと恐怖を覚えるに違いないだろう。それほどまでにモニターの画面を見つめる彼女の双眸は狂気に満ちていた。



「ふぅ———よし、このくらいでいいかなっ?」



 ラフな格好をした少女の視線の先にはとあるSNSのダイレクトメール画面が表示されていた。そしてそこには先程まで彼女が小一時間かけて入力した、つい先日新作ラブコメ短編小説を投稿した作家を褒め称える感想がびっちりと埋まっている。


 大抵読者が作者に送る感想の類は「面白かったです!」や「次も楽しみにしてます!」といった簡単な文章や考察系の文が多いのだが、彼女の場合はそれらを織り交ぜて小説の内容や作者を称賛している。所謂いわゆる『限界オタク』ともいうべきか。


 そんな彼女にとって、その作家の新作や既存の小説が更新されるたびに長文の感想を送るのは日課だった。


 文章を打ち終えてひとしきり満足していた彼女だったが、パッと思いついたような表情を浮かべると、再びモニターへ向かい合った。



「あ、そうだ! 彼のSNSもちゃーんとチェックしないといけないよねっ!」



 明るく弾んだ声でそう言うや否や、すぐさまマウスで『送信』にカーソルを合わせてクリック。そしてダイレクトメールの画面を閉じると、フォローしている一定数のアカウントの中からその作家のアカウントを選択してプロフィールを開いた。



「……うんうん、流石人気ライトノベル作家だねっ。フォロワーが増えていくのは一ファンとして嬉しいけれど……うーん、ちょっぴり嫉妬しちゃうなぁ♪」



 つい最近作られたばかりのアカウントだというのに、その勢いは留まるところを知らない。


 これも彼がこれまで作品の中で積み上げてきた数々の素晴らしい実績と、惹きつける文章から覗かせる優しい人柄があってこそ。多くの読者や初めてラノベに触れる人にそうやって彼が認知されていくのは、少女としては自分のことのように嬉しかった。


 しかし感情とは複雑なもので、同時に嫉妬心も少女の内側に燻っていた。彼を最初期から読者として応援してきた彼女にとって、彼が注目を浴びることが喜ばしいことに変わりはなかったが、それとこれとは別。私だけの彼で居てほしい、これ以上人気になってほしくないと思うのは我儘か。

 独占欲、と言い換えても良いだろう。


 やがて下へ指をフリックしてタイムラインを覗く。しかし何度更新しても、残念ながら最新の呟きは表示されなかった。はぁ、と少女は軽く溜息を吐くと、更新作業が飽きたのかSNSをすぐさま閉じる。


 ———『萩月はぎつきむすび』とプロフィールに表示された、その画面を。



「ふふ、ふふふ、ふふふふふふふっ」



 デスクトップを開いたまま、少女は虚空を見つめながら愉しげに笑う。そして堪えきれないように、彼女は愛を口ずさんだ。



「好き。好き好き好き好き好き好きぃ……! 大好きだよぉ、♡」



 恍惚こうこつな笑みを浮かべながら椅子の上で体育座りをするその少女の名は———三嶋六花。普段コンタクトレンズをして秋人たちと共に大学生活を送っている美少女だが、現在は自宅だからかリラックスしながらも表情が蕩けたように緩み切っていた。


 彼女は唄うようにそのまま言葉を続ける。



「ねぇ平山くん。私達、入学式で会ったのが初めてじゃないんだよ? 直接話すのは久しぶりだったけれど、実は感動的な再会だったんだぁ♡ だいぶ前の話だし、から覚えてて貰えてないのは残念だけれど……私はずっとずっと、ずぅっと昔からキミのことを見守ってたよ」



 ゆっくりと噛み締めるように紡がれるその声音はとても優しげだ。瞳を細めながら過去に思いを馳せるその様子は、まるで大切な宝物を慈しんでいるようにも思えた。



「あの時から私達の赤い糸は繋がってるんだ。———これってまさに運命、だよねっ?」



 自分達の幸せな未来設計図を妄想しながらとろんとしていた三嶋だったが、次の瞬間、何かを思い出したようにスッと表情が消えた。


 そうして「でもさぁ」と真顔で呟くと、口の中に含んでいたキャンディをがりっと勢い良く噛み砕いた。



「…………あいつ、邪魔だなぁ」



 秋人らに一度も見せたことのない声で、表情で、雰囲気で。そのように一言だけ吐き捨てる。三嶋が脳裏に思い浮かべるのは、彼のアパートの前で挨拶をした見た目がおっとりとした女性。


 彼女は怨嗟の籠ったような口調でそのまま言葉を紡ぐ。



「あの黒峰千歌アバズレ、私のにちょっかいかけただけじゃなく何一緒に何度もご飯まで食べてるのかな。性格もあざといし無駄に大きい脂肪で誘惑して、純粋な彼を誑かす魂胆が見え見えな浅ましい女。去り際にマウントまでとりやがって、自分が唾付けてますよって牽制のつもり?」



 以前アパートの部屋にお邪魔した際、愛しい彼の日常をもっと身近で感じる為に小型の盗聴器を幾つか取り付けたが、まさか一緒に食事をするような関係だとは思わなかった。


 彼女の不満は続く。



「だいたいデートでもないのに腕を組むなんて、あの女の常識を疑うなぁ。カフェであーくんとぶつかった時に身バレしないかヒヤヒヤしたけれど、その後彼に不意打ちでパフェを食べさせてるしなんて羨ましい……思わず殺意が湧いちゃったぁ」



 そう、盗聴にてカフェの場所や時間を把握していた三嶋は、実は金髪のウィッグを付けて変装しながら二人の跡を付けていた。


 メイクの仕方をほんの少し変えるだけで違った印象を相手に与えることが出来ることを知っていた彼女は、その技術を駆使して二人にバレないようにストーキングしていたのだ。


 店に入ってからはもし二人に見つかったとしても偶然を装って会話出来るようにと女子トイレへ変装を解きに向かった三嶋だったが、まさかその目前で彼とすれ違い様に肩がぶつかるとは思わなかった。


 すぐさまトイレに駆け込んだのでなんとかことなきを得たが、それからというものの退店するまでの間、終始冷や冷やしたのは記憶に新しい。



「ま、今はいっか。今は、ね?」



 しばらくくるくると椅子を回転させながら当時を振り返っていた三嶋。その回転の勢いを利用してそのまま立ち上がると、部屋の壁際へ移動した。


 そうして彼女は自身の頬をすりすりと擦り付けると、壁一面に貼ってあるに向かってゆっくりと愛おしげに言葉を呟いたのだった。



「これからもよろしくね? ———私の大好きなあーくん♡」



 






















ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

はい、これにて第一章は終了となります!

次回から第二章が始まります!


最後の最後でちょっと六花ちゃんが不穏な空気を出し始めましたね。しかし安心してください。彼女も歴としたヒロインなのでこれからその過去も少しずつ掘り下げていきたいと思います。


これからも応援して頂けると嬉しいです〜!!

そして是非フォローや☆評価、♡ハート、コメント、レビューお願いします!!(/・ω・)/

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