第34話 お姉さんとこれからも




「いやー、なんだか今日はどっと疲れたねぇ」

「そうですね。でも黒峰さん。その……本当に、良かったんですか?」

「んー? 何が?」

……」



 時間は夕方の六時過ぎ。先程買い物をして無事アパートに帰宅した二人は、今日起こった出来事を秋人の部屋にて寛ぎながら話し合っていた。


 先日から黒峰に付き纏っていたストーカーの影。彼女のことが心配で今日一日行動を共にしていた秋人だったが、その正体はモデル雑誌の編集部に勤める紗山と名乗る綺麗な女性だったことが判明した。


 その後名刺を受け取ると、クールな見た目の彼女に似合わない熱烈なアピールを受けた黒峰。どうやらストーカーしてしまう程紗山にとって黒峰は魅力的に映ったようだ。終始困ったように笑みを浮かべていた彼女だったが、ややあってお断りする言葉を紗山に伝えて今に至る。


 因みに怖がらせたことへの謝罪はしっかりと受け取ったのでもう何も遺恨はない。


 秋人の言葉に目の前に座る黒峰は一拍空けると、そっと柔らかく微笑んだ。



「うん、モデルさんのお仕事や現場に興味がない訳じゃないけれど、それはあくまでイラストレーターとしてかな。中途半端な気持ちでその世界に入ったら失礼だし……そもそも私、目立つのは苦手だから」

「そう、ですか」

「? 秋人くん、どうかしたの?」



 黒峰はきょとんとした顔をしながら首を傾げる。きっとこちらがなんともいえない様な表情を浮かべていることに疑問を持ったのだろう。


 正直に言えばその通りで、秋人の心境としてはちょっぴり複雑だった。



「あーっと……笑わないでくださいね?」

「うん、勿論」

「黒峰さんがモデルの話を断って、残念だなぁとか、そんな華やかな場所でいつも以上に輝く姿も見てみたかったなぁ、って思う反面……。嬉しい、と言ったら失礼かもしれないですが、黒峰さんが遠い世界に行かなくてほっとしている自分もいるといいますか……」

「——————!」

「って、な、何言ってるんですかね! ちょっと流石に自己中心的過ぎますよねっ!? あ、あははっ、すみません! 僕夕食の準備してくるんで黒峰さんはやっぱりゆっくり休んでて下さい……!」



 そう言うや否や、秋人はいそいそと立ち上がりキッチンへと向かう。


 杞憂だったとはいえ、彼女は昨日からストーカーに追われているというストレスを抱えていたのだ。ただでさえ不安と心配で押し潰されそうだったのに、これ以上変なことを言って余計な心労を与えたくはない。



(うにゃぁー!! 僕、何言ってるんだろう……これじゃ面倒臭い男って思われるよー……!!)



 心の中で変な声と後悔を叫びながら、食材の入ったマイバッグを手に取る。いくら黒峰が大切な存在とはいえ、恋人でもないのにまた身勝手な独占欲を抱いてしまった。これ以上つまらない感情を匂わせてしまえば、彼女に重いと思われて気持ち悪がられてしまう。それだけはなんとしても避けたい。


 あはは、とわざと明るい声を出して笑みを浮かべながら秋人が購入してきた食材をマイバッグから取り出していると、突然背中に柔らかい感触が伝わる。


 ———むにゅん、といった大きな胸の弾力に温かな体温。

 どうやら秋人が意識を食材に向けているうちに、黒峰が背後からぎゅっと優しく抱きしめてきたようだ。元々狼狽しながらキッチンに向かった秋人。お腹に彼女の手が重なり、さらに身体が密着しているのでますます心臓が跳ね上がる。


 秋人はなんとか真後ろにいる黒峰の方へ顔を向けようとするも、首元に吐息が掛かったような気がして動揺してしまった。



「ちょっ!? く、黒峰さん!?」

「大丈夫だよ」

「え……?」

「遠くになんて行かないよ。だって———これからキミと一緒にご飯、食べられなくなっちゃうでしょ?」

「……え、あぁ、そ、そうですね?」

「そうだよ。だから、ね」



 秋人の身体から手をパッと離した彼女は、隣に移動すると瞳を細めながらこちらに微笑んだ。


 そして、次のように甘くおっとりと言葉を紡いだのだった。



「———これからも末長くよろしくお願いしますね? 秋人くん♡」



 その後「私も手伝うよ!」と機嫌良さげにどんどん食材を袋から取り出していく黒峰。先程の彼女の言葉はむず痒く、しかして呆けた秋人の心に不意に温かな想いをもたらして。



(こちらこそ、よろしくお願いします。黒峰さん)



 思わず黒峰に見惚れてしまう秋人だったが、ふっと表情を緩めると少々早めの夕食の準備を進めていく。これからも彼女と一緒に充実した大学生活を送れますようにと、強く、そして———愛しく想いながら。

















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次の閑話的なお話で第一章は終了です!(/・ω・)/


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