第46話 サークルへの加入




「ほ、本当に文芸サークルに入ってくれるのかいっ!?」

「はい、よろしくお願いします」

「お、お願いします」



 あれから間も無くして文芸サークルのある教室棟に向かった秋人と三嶋の二人。先程別れた幼馴染二人組の様子を思い浮かべながら三嶋と他愛のない話をしつつ教室の扉を開いた。


 中にはいつものメンバーであろう部長の有栖川、副部長の悠木、そして部員の鳴上と阿久津が何やらパソコンで作業していたが、悠木が驚いたような表情を浮かべながら秋人たちを出迎えてくれたのだった。


 そして期待に満ちた眼差しを向けられて今に至る。



「うぅ、サークルに入ってくれる子なんていつぶりだろう……! 嬉しいなぁ、ね? 部長?」

「………………」

「部長? おーい、京香ちゃーん?」

「———うるさい。話し掛けるな」

「あ、そうでした。嬉しくてついうっかり。ごめんなさい部長、執筆中に話し掛けちゃって」

「………………」



 申し訳なさそうにしながら謝罪を口にする悠木に対し、今秋人らがいる場所を一瞥すらせずに感情の籠らない声でそう言ってタイピング音を響かせる有栖川。以前接した彼女とは違う様子に思わず秋人と三嶋は顔を見合わせながら目を丸くさせるが、へらりとした笑みで頭を掻いた悠木は手を翳しながら小声で言葉を紡ぐ。



「ごめんね二人とも。どうしても部長は執筆中はああなっちゃうんだ。自分の世界っていうのかな。集中モードに切り替わった京香ちゃんは僕たちが声を掛けても雑音として切り捨てちゃうんだよ」

「あぁなるほど、そうなんですね」

「流石有名小説家さん。こう言ってはちょっとアレですが、癖がありますね……」

「あはは、だよねぇ。一応補足しておくけど、全員が全員同じって訳じゃないからね? 部長は天才肌というか……そう、個性かな!」



 きっと現在笑みを浮かべている悠木や今この場にいる先輩にとって、彼女の今の姿はとうに見慣れたものなのだろう。彼女に冷たく言い放たれても全く気にしていないどころか、けろりとしていた。


 秋人が察するに、よくスポーツ選手などがギリギリの極限状態で五感が研ぎ澄まされる現象———“ゾーン”のようなものに近いか。途切れることなく響き続けるタイピング音、力み過ぎず且つ緩み過ぎない荒波の落ち着いた呼吸、パソコンの画面から一切視線を外すことがない集中力。それらを同時に並行しつつ物語を頭の中で組み立てながらそれを文字として反映させるのだから相当である。


 僕には絶対に真似出来ない。内心そう思った秋人は舌を巻きつつも決して目を離すことはしなかった。


 気がついたら、秋人はぽつりと次の言葉を洩らしていた。



「…………流石は『文学界の異端姫マッド・プリンセス』」

「あれ、この前来た時僕君たちにそのこと伝えたっけ?」

「帰宅してからもちょっとだけ調べてみたんです。あの時も驚きましたが……とっても凄いんですね、有栖川さんって」



 彼女の執筆経歴やどんな小説を輩出させたのか気になり、黒峰に会う前にスマホで調べてみたのだが、思わず感嘆の息を吐いてしまう程に驚くものだった。



し、ミステリー小説『紺碧のジャックドール』で新人文学賞を獲得、華々しいデビューを飾る。その後も一般小説界隈のありとあらゆるジャンルに応募して必ず受賞することから異端児———その美貌から『文学界の異端姫マッド・プリンセス』と呼ばれるようになったらしいですね。なんでも歴戦の文豪ですら有栖川さんと同じ土俵に立つのは極力避けたとか」

「…………そうだね。彼女なりに苦労もあったけれど、今もこうして楽しそうに執筆してる姿を見ることが出来て嬉しいよ」



 一瞬だけ様々な感情を過らせながらしみじみと相槌を打つ悠木。柔らかなその視線の先にいる有栖川は集中しながらもとても生き生きとしていた。


 やや含みのある言葉が少しだけ気になったが、二人の付き合いはもしや大学前からなのだろうか。悠木に訊ねようとした秋人だったが、ふと隣から何やら声が聞こえた。



「…………へー、あーくんが驚く程かぁ」

「? 三嶋さん、俯いてどうしたの?」

「あ、ううんっ! なんでもないよ平山くんっ!」



 何故か考え込むように顔を床に向けていた三嶋。艶やかな長い黒髪で表情が隠れてしまっていたが、秋人の指摘に勢いよくパッと顔を上げるとふわりとにこやかな笑みを浮かべた。

 もしや体調が悪いのだろうかと考えたが、彼女のいつもの笑みを見ることが出来て秋人は安堵する。


 すると、タンッ!!と一際大きいタイピング音が部屋に鳴り響く。



「———ふぅ。キマったな、私」

「あ、部長お疲れ様。書き終わりました?」

「あぁ悠木くん、お疲れ様だ。ところで今は何時だい?」

「夕方の4時30分過ぎてますよ。毎回思いますが飲まず食わずでよく執筆出来ますね?」

「ん、まぁやろうと思えば誰でも出来るだろう? しかしそうか、確か私の記憶では執筆を始めたのが正午前だったから約5時間はぶっ通しで描いていたわけか。恋愛小説なんて久々だったが、短編とはいえ10じゃないか?」

「あはは、まぁ。でも一応言っとくけれど、誰でも1時間に約2万字ペースで書けるなんて思わないで下さいね、京香ちゃん?」



 なにやら二人の間で耳を疑うようなやりとりが聞こえてきたので、途中で考えることを放棄していた秋人だったが、なんとか意識を取り戻す。秋人もラノベ作家の端くれであるが、そこまでの集中力も持続出来ないし、時間に対し執筆した文字数も半端ではない。



(いやいやいや、失礼は承知の上だけど化け物かこの人……! 僕ですらそこまで打てないぞ……!?)



 常人ならば頭の中で物語を考え、もしくは映像として動かしてから文字を打つのだが、彼女の場合はそれを同時並行で実行し、しかも集中力も途切れないときた。きっとこういった人物こそが天から才能を与えられたと表現するのが相応しいのだろう。


 やはり有栖川京香という人間は普通ではないと再認識した瞬間だった。


 彼女のために何か食べるものと飲み物の用意をしに向かった悠木を見送っていると、有栖川から声を掛けられる。



「ん……おぉ! そこにいるのはこの前の命の恩人じゃないか! 確か……」

「あ、平山秋人です」

「三嶋六花ですっ」

「そうそう! 平山くんに三嶋くんだったね。おや、確かもう一人いた筈だが……?」

「あーっと、彼は文芸サークルには入らないみたいなので今日は来てないですね」

「なるほど、それは残念。……と、君たちがここに来たということはつまり?」

「はい、僕たち文芸サークルに入ろうと思って来ました」

「は、はいっ!」



 すると二人の返事を聞いた有栖川は途端に瞳を輝かせる。



「おお、それは実に勤勉なことだ! 本には先人たちの様々な知識や経験、そして夢が詰まっている。このサークルでその一端に触れる機会や興味を抱いてくれてとても嬉しいよ! 私は大歓迎だ!」

「ありがとうございます」

「あ、ありがとうございますっ」



 部長である彼女がそういうのならば、きっとこのサークルに入ることは特に問題ないのだろう。


 有栖川は勢い良く椅子から立ち上がると周りを見渡す。



「聞いてくれみんな! 二人ともこの文芸サークルに入ってくれるようだ! 実に喜ばしい、切磋琢磨し合う仲間が増えるぞ!!」

「とっくに知ってます」

「知ってまぁ〜す」

「二人とも結構前から来てましたし、一応僕も部長に声を掛けたんですけれどねー。ほら、京香ちゃんって執筆してると周りをシャットアウトさせるから」

「そ、そうだったか……」



 思っていた反応と違う所為かあからさまにしょんぼりと肩を下げる有栖川だったが、なんとか気を取り戻した彼女は言葉を続ける。



「それでは改めて———文芸サークルへようこそ、二人とも!」

「はい、よろしくお願いします!」

「よろしくお願いしますっ!」



 期待に胸を膨らませた秋人は隣にいる三嶋と共に元気よくそう返事を返す。こうして二人は文芸サークルへと加入することになったのだった。













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もうすぐでクリスマス、大晦日と続き今年が終わりますねぇ……(しみじみ)。


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