第47話 サークル初日、そして近づく距離。
秋人と三嶋、二人の文芸サークルへの加入が無事快く認められてほっと安堵していると、有栖川が次のように口を開いた。
「さて、折角こんな離れた場所に来てくれたのだから空いてる椅子に座りたまえよ。余っているタブレットやノートパソコンもあるし、今日は好きなネットや動画サイトでも見てテキトーに
「は、はぁ」
「わ、わかりました……っ」
サインのこともあるので用事がないといえば嘘になるが、部長である彼女にそう促されてしまったら素直にその言葉に従うしかない。まだサインは余裕があるので大丈夫だろう。文芸サークルに加入したのだからてっきりこれから本の勉強をしたり創作関係の方針を進めていくのかと思ったのだが、どうやら違うらしい。
肩透かし感が否めず、思わず秋人は訝しげな表情になる。何せ文芸サークルに関する説明すらないのだ。するとそれに気付いた有栖川はにやりと瞳を細めた。
「平山くん、今『説明もなくぼーっとしていて良いのか?』って思っただろう?」
「え、あ、そうですね、少しだけ……」
「ふふ、素直でよろしい。まぁ最初だからというのもあるが、まずはここの雰囲気に慣れて欲しいのさ」
「慣れる、ですか?」
秋人は首を傾げながら聞き返す。
慣れる、ということはもしかしてリラックスさせることが目的なのだろうか。以前もここに来た時に作業を見学させて貰ったので秋人は勿論、三嶋もガチガチに緊張しているということはない筈なのだが。
「まぁ単純な話、見慣れ耳慣れ身体慣れってヤツだよ。如何に差はあれど私たちは
「なるほど」
「それに創作のアイデアというものは案外身近に潜んでいるものだ。散歩や買い物といった日常風景や家族や友人との会話、SNSのタイムラインにテレビ、そして先程挙げた好きなネットや動画なんかもそうだね。何気ないコンテンツに触れながら、ほんの少しだけ意識を変えてみれば世界が変わるんだ」
先程の有栖川の言葉にはきっとそういう意図が含まれていたのだろう。世界が変わる、というのは些か仰々しい気がするが、完全に的外れというわけではない。
例えば執筆中に物語の展開が行き詰まってしまったとき。普段の日常を過ごしているふとした拍子にアイデアが降ってくることがよくある。それが散歩をしている時か湯船に浸かっている時か、はたまた音楽や動画から刺激を受けた時かはわからないが、曇天を割いて陽光の如く降り注いだひらめきやアイデアは確かに『世界が変わる』という言葉に等しい。
ラノベ作家である秋人もそうだが、同業者である彼女にはおそらくそういった経験が沢山あるに違いない。だからこそ『
ほぉ、と感心している秋人の横で三嶋もなるほどといったような顔で軽く頷いている。どうやら彼女なりに有栖川の伝えたい意図を受け取ったようだった。
すると、コンロにセットした鍋でうどんを茹でている悠木が向こうから呼び掛けてくる。
「おーい二人ともー、尊敬の眼差しを向けているところ悪いけれど多分部長はそこまで深く考えてないよー。説明が面倒だからそれっぽいこと言ってるだけだよー」
「「えぇ……」」
「せっかく良い具合にキマリそうだったのに!!??」
ぎょっとした表情で悲鳴のような声を出す有栖川。きっとこれが彼女らの日常なのだろう。作業中の鳴上や阿久津の二人もくすくす笑っていたり口角を上げている。なんともほんわかとした温かな雰囲気に思わず頬が緩んでしまう。
こうして秋人たちは本を読んだり動画を見たりしながらサークル活動初日を終えたのだった。
そうしてすっかり辺りも暗くなった頃合。文芸サークルを後にした秋人と三嶋は駅前のカフェで落ち着きながら談笑していた。
「それにしても、文芸サークルが実は厳しいところじゃなくて良かったよ」
「あれ、もしかして今日緊張してたの三嶋さん?」
「う、うんっ。見学の時は敢えてそういう雰囲気にしてたのかなって思ってたんだけれど……ふふっ、きっとあの部長さんが中心だからこそのあの暖かい空気なんだろうねっ?」
「うん、きっとそうだね」
そっと瞳を細めた三嶋はその柔和な表情を秋人に向けながら、ティーカップに入った琥珀色の液体、紅茶を口に含む。因みに秋人はホットコーヒーを注文していた。
大学を出てからは日も沈んでしまったのでそのまま解散する流れだったのだが、珍しくも彼女からの提案でこうして一緒に夕食を済ませたのちお茶している訳である。
「平山くんは文芸サークルではやっぱり執筆するの?」
「……? うん、そうなるかな。これまで読んできた経験が役に立つと良いんだけれど。三嶋さんはどうするの?」
「う、うーん……それがまだなんだよねぇ。本を読むことは好きだから活字への抵抗はないんだけれど、私が執筆出来るかって言われたら難しいと思うし……」
三嶋が口にするやっぱりという言葉に思わず首を傾げるが、秋人が執筆に興味があるのとラノベ好きと知っていたからこその言葉なのだろう。
それはそれとして秋人はある言葉が気になった。
「あれ、三嶋さんって読書好きだったの?」
「え、えへへ、実はそうなんだ。小さい頃から色々な本……勿論ラノベも読んでたんだけど、最近はあんまりだったから自信が無くて今日は変に言葉を濁しちゃった。ややこしくしちゃってごめんねっ?」
「そうだったんだ。納得したよ。……こちらこそごめんね? 立て続けに質問したせいで言い出しにくかったよね?」
「ううんっ、平山くんは悪くないよっ!? こちこそごめんねっ!?」
「いやいやこっちこそ」
「いやいやっ!」
「いやいや」
お互いに謙遜し合う二人だったが、少しだけ間が開くと互いに笑みを浮かべる。
たまに纏う雰囲気が一変することもあるが、慎ましくも控えめな性格の彼女のことである。きっとあのとき秋人がヘンに質問責めした所為で言い出しづらかったのだろう。若干詰め寄る言い方になってしまったので反省しなければ。
結局、このことは互いに至らない点があったとして痛み分けということになった。
「でもそっか、三嶋さんって実は文学少女だったんだ。うん、イメージにピッタリかも。三嶋さんの新たな一面を知れて嬉しいよ」
「さ、最近の小説には疎いから”元”って頭に付くんだろうけれど……本当?」
「うん、なんだか距離が縮まったような気がして親近感が湧くなぁ」
「…………そ、それじゃあさ」
目の前に座る彼女がこちらをじっと秋人を見つめると、次のように口を開いた。
「し、下の名前で呼び合わない?」
「え?」
「ほ、ほらっ、これなら一層親近感が湧くし、これから一緒のサークルで頑張る仲間な訳だし、同級生だし、何よりすっ……友達なんだからそろそろ下の名前で呼びたいなーって思った次第でして……だっ、ダメかな!?」
きっと勇気を振り絞ったのだろう。三嶋の言葉に思わず目を丸くする秋人だったが、すぐに表情を緩める。折角意を決して言葉にしてくれたのだ、是非ともその気持ちには応えてあげたい。
「ううん、ダメじゃないよ。これから一緒に頑張っていこうね、六花さん」
「ひゃ、ひゃいっ! よろしくお願いします秋人くん!!」
異性から下の名前で呼ばれ慣れてないのか、ぽっと頬を赤く染めた六花の小動物のような可愛らしい反応に秋人は目を細める。
こうしてちょっぴりと距離が縮まった二人は、互いを下の名前で呼びつつ何気ない会話を続けるのだった。
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それと現在執筆中の拙作『実は人見知りで可愛げのあるクール美少女な【白雪姫】といつの間に焦れ甘高校生活を送ることになった件について。』が第28回スニーカー大賞【後期】の一次選考を突破しました!! いぇいっ!!
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実は神絵師なおっとり系美人先輩と人気ラノベ作家兼大学生の僕がアパートでいちゃあま半同棲生活を送ることになった件。 惚丸テサラ @potesara55
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