第45話 幼馴染二人は仲介役?
結局、あれから秋人は大学で午前の授業を受けて即帰宅。三嶋に言われた通りシャワーをすぐさま浴び、しばらくしたら出版社に赴いてサインをひたすら記入した。またしても萩月結のゲシュタルト崩壊が起きそうだったが、今日は二百冊ほどでサインを終えたので無事地獄の缶詰部屋から何事もなく生還出来た。残りも三百冊ちょっとなので残りの期間でサインを仕上げることが可能だろう。
さて、そして次の日。今日は午後まで講義があったため出版社でサイン作業はお休みだが、秋人は文芸サークルに行こうと考えていた。
……のだが。
「え、文芸サークルに入らないの駿平?」
「まーなー。いやぁ、秋人に声掛けた手前悩んだんだけどよ、俺って知っての通りラノベ好きだけどそこまでじゃないっていうかな。ほら、あそこって副部長除いてはあの場にいた全員クリエイターじゃん?」
「うん、そうだね」
「俺はあくまでストーリーの展開とか続きを想像してワクワクしたり考察するのが好きな読者ってだけなんだよな。だから場違いっつーか、なんつーか」
文芸サークルにいざ行こうと隣で一緒に講義を受けていた駿平を誘ってみたのだが、このような返事が返ってきたのだ。
どうやら想像していたところと違ったというよりも、彼女らの創作への熱量を目の当たりにして自分が文芸サークルに入るのは不相応だと思ったらしい。元々作家である秋人は全く気にしていないが、入るための技能や資格は必要ないとはいえあの雰囲気や作業風景を一度目にしてしまうと腰がひけてしまうのも確か。
とはいえ、駿平がラノベ好きなのは変わりないので彼さえ望めば十分文芸サークルに入部出来る筈なのだが……。
「なら悠木さんみたいな作品を批評するのはどう?」
「俺には文章纏める能力ねぇし、そもそもアレは次元がちげぇだろ……」
「た、確かに……」
駿平の表情が若干引き気味なのは見間違いではないだろう。確かに悠木以外のクリエイターの熱量は凄まじい。が、それと同等もしくはそれ以上に彼の批評データ、考察力、文章量には目を見張るものがある。
もはや悠木自身が小説を書いた方が良いと思える程だ。
「ま、そういうことだから俺はパスかな。俺は気になったラノベの続きを妄想してるだけで良いし、友達と感想を言い合ってるのが性に合ってるからよ」
「別にあの人たちは気にしないと思うけどな……?」
「俺が気にすんだよ。わかれ」
「……わかったよ」
穏やかな表情を浮かべながらおどけたようにそう言われてしまったら秋人には何も言えない。
そのまま駿平は言葉を続ける。
「それより秋人はこれから文芸サークルに行くってことは入るつもりなのか?」
「うん、小説の執筆にも興味があるし」
「へー、すげぇじゃん。いつか書いたら読ませてくれよ」
「あはは、気が早いって……」
結局、秋人は悩んだ末文芸サークルに入部することにした。といっても別に毎日参加するわけではなくたまにである。
何せ秋人は大学生の身ではあるが商業ラノベ作家。最近だと『ワールド・セイヴァーズ』のアニメ化が控えているということもあり、現在進行形で行なっているサインやアニメ開始後にSNSに掲載する幕間の短編執筆、担当編集である東堂との打ち合わせなどで気が休まる間がない。
今度アニメ声優の収録スタジオにお邪魔して収録現場を見学するというお話もあるので、綿密な話し合いと共にこれからもっと忙しくなるだろう。
それらと並行してサークル活動をするのも可能といったら可能だが、なるべく無理はしたくない。興味はあれど、あくまで参考になればいいなといった具合である。
とにかくどんな作業内容かは詳しくはわからないが、極力ラノベ作家だと疑われるような行為は避けなければ。
そう心に決めながら三嶋は文芸サークルに入るのかな、と考えた秋人。別教室で秋人らとは違う講義を受けていた三嶋と東雲の二人の元へ行こうと駿平と一緒に教室を出ると、その二人が廊下で待っていた。
「あ、待っててくれたんだ」
「やっふ、教室出るの遅かったじゃん二人とも?」
「や、やっふー」
「渚に無理に合わせなくてもいいぞ六花ちゃん。あと遅いもクソもねぇだろ、五分なんて誤差だ誤差。サークルについて話してたんだから仕方ねぇよ」
「サークル? あぁ、この前話してた文芸サークルのことね。確か見学に入ったんでしょ? 平山くんは結局入るの?」
東雲はくりくりとした瞳を見せながら興味津々にそう訊ねてくる。秋人にだけ質問をしてくるということは、きっと彼女は駿平が文芸サークルに入らないという情報を知っていたのだろう。隣に立つ駿平をちらりと見ると案の定平然とした表情。流石は幼馴染。軽い衝突が多い二人だが、相変わらず仲が良いようだ。なんとも微笑ましい限りである。
「うん、そうなんだ。だからこれから文芸サークルに行こうと思ってたんだけど……」
「そっか、ならこの子も一緒に連れてって! ほら六花、良かったじゃない」
「と、いうことはもしかして……!」
「う、うんっ! 私も平山くんと一緒で、文芸サークルに入ろうかなって考えてたんだっ!」
そう言って表情をにこりと華やかにさせる三嶋。もし彼女にも断られたらと考えると寂しかったのだが、ほっと一安心である。
そういえば、と秋人はふと不思議に思ったことを訊ねる。
「あれ、でも三嶋さんって小説に興味あったっけ?」
「っ……!」
「あ、あとそういえばこの前文芸サークルで”ラノベ”って略してたけど、ライトノベルのことも知ってたの?」
「え、えーっとそれは……そう! このあいだ平山くんと獅子本くんがライトノベルについて話してたのを聞いてたんだっ! だから知ってたの!」
「? そ、そっか……?」
秋人の指摘に一瞬だけどきりとした表情を浮かべた三嶋だったが、なんとか取り繕うようにしてそう言葉にする。
確かに駿平との会話でしょっちゅうラノベ談義をしているので彼女がラノベ=ライトノベルだと認識していてもおかしくはない。おかしくはないのだが、何故そこまで動揺するのかがわからなかった。
思わず首を傾げてしまう秋人だったが、なんだか視線をびしばし感じる。そちらを見てみると駿平と東雲の二人が表情をにんまりとさせながらこちらに微笑ましげな目を向けていた。
「まぁまぁまぁまぁ」
「まぁまぁまぁまぁ」
「な、なんなのさ二人とも……」
「それじゃあ後は若いもの同士ということで俺らは帰りますか、渚さんや」
「そうね駿平、帰りにゲーセンでも寄る?」
「良いなそれ! じゃあ秋人、しっかり文芸サークルまで六花ちゃんをエスコートするんだぞー!」
「そ、それは勿論だけど……って行っちゃったし」
早々と立ち去りその背中が遠くなってしまった二人。言葉を交わせばいつもなら言い合いに発展するのだが、にこにことした笑みを浮かべて何事もないのは逆に気持ち悪い。
この場に残されたのは呆然とした秋人と「エスコート……っ」と頬をほんのりと赤く染めてちらちらとこちらを見る三嶋だけだった。考えても仕方ないか、と諦念の気持ちを抱いた秋人は間を開けず彼女に声を掛ける。
「それじゃあ遅くならないうちに行こっか、三嶋さん」
「う、うんっ。平山くんっ!」
やがて二人は文芸サークルへと向けて歩き出したのだった。
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