第24話 お姉さんからのお誘い
「はぁ、なんだかどっと疲れたなぁ」
秋人の部屋でメレンゲクッキーを作った翌日。大学から自宅へ帰路についていた秋人はややげんなりとしながらとぼとぼと歩いていた。
「これも駿平の所為だ……。本当に黒峰さんとの出来事を根掘り葉掘り訊いてくるなんて思わないじゃん……」
力無く呟くと共に、はぁとついた溜息は空気に溶けた。
何せ大学でも移動中や昼食を食べている時にも好奇心を全面に出して訊いてくるのだ。流石にラノベ作家とイラストレーターという接点があることは言えなかったが、お陰でそれ以外の出来事は駿平と帰宅している途中で吐露してしまった。
勿論、たまに秋人の部屋で黒峰と一緒に食事をしていることもだ。
「黒峰さんに迷惑は掛けたくないから他の人には言わないでって一応伝えたけど、大丈夫だよね……?」
幸いにもその場に三嶋や東雲は居なかったので、駿平以外に秋人と黒峰との関係を知っている人物は存在しない。
大学で付き合いがあるとはいえ、無思慮に彼女らに言いふらしてしまわないように祈るばかりである。
(黒峰さん、とっても綺麗で魅力的な女性だからなぁ……)
大学での黒峰の評価はわからないが、彼女はあのサブカル好きな駿平が一目見て興奮する程の美貌を持っているとても綺麗な女性だ。かくいう秋人も黒峰と初めて出会った時は見惚れてしまっていた。
そんな明るくおっとりとした彼女が部屋が隣同士とはいえ、男の部屋に簡単に上がり込むような女性だという噂が大学の中で広まってしまったら申し訳が立たない。
きっと、イラストレーターとして匿名で活動している黒峰も同じだろう。
それに同じ大学の先輩で同じアパートに住んでいるというだけでも驚きなのに、更に不思議なことに実は仕事仲間ときた。秋人個人ならば別にどうということでもないが、余計なことで優しい彼女に迷惑を掛けてしまうのは本意ではない。
そう秋人が強く思うのも、黒峰と知り合って日こそ浅いが、彼女の温かな人柄に触れたからだった。
『———お互いの部屋に行く理由、もう一個増えちゃったね』
ふと、以前耳元で囁かれた彼女の言葉が蘇る。
あの時微かに鼻腔をくすぐった黒峰の、女性特有の甘い匂いが再びふわりと香り漂ったような気がして。
秋人は思わず顔を真っ赤にしてしまう。
「いやいやいや、自惚れちゃ駄目だ僕。ドキドキしたのは確かだけど、黒峰さんが部屋に来るのはただ一人じゃ寂しいからであって、ぼ、僕なんかを好……っ、気がある訳じゃ……!」
「私がどうしたのー?」
「く、黒峰しゃん!?」
無理矢理言い聞かせるように頭を振っていると、いきなり背後から声が掛かる。既に聞き慣れたそのおっとりとした声に秋人が振り返ると、そこにはにこにこと笑みを浮かべた黒峰が立っていた。
まずい、と秋人は内心冷や汗を掻く。
自分に言い聞かせる為とはいえ「気がある」だなんて言葉を口に出してしまった。一体いつから彼女が背後に居たのかわからないが、とりあえず動揺を悟られないようにしなければいけない。
「あはは、び、びっくりしたなぁ……! いつから後ろに居たんですかー?」
「どっと疲れたなぁ、辺りからかな」
「最初からじゃないですか!?」
「うふふっ、そうだねー。今日はバイトがお休みだから普通に帰ってて、ちょうど秋人くんの後ろ姿が見えたから話しかけるタイミングを見計らってたんだけど……その、ね?」
「ふぎゃ」
「うふふふふふっ♪」
どうやらばっちり独り言を聞かれていたらしく、思わず秋人はヘンな声が洩れてしまう。咄嗟に赤くなった顔を隠しながら悶絶するが、隣に並んだ黒峰といえばどこか機嫌良さそうな態度で笑っているようだ。
ちらりと指の間から覗けば、笑みを浮かべる彼女もまたうっすらと頬を染めていた。意図的ではないとはいえ、おそらく秋人の言葉を訊いて照れているのだろうか。
何はともあれ、この恥ずかしい空気を変えるには話題を変えなければいけない。
「そっ、そういえば昨日お
「あっ、そうそうすっごく美味しかったよ〜! お仕事のイラストを描いてる途中に食べてたんだけど、あっという間に無くなっちゃった」
「あはは、喜んでいただけたようで何よりです。……えっと、よろしければメレンゲクッキー以外にも何かリクエストがあればまた今度作りますよ?」
「本当!? 是非お願いします!!」
いいですよ、と微笑み掛けると黒峰はぱあっと満面の笑みを浮かべた。今まで秋人の部屋で手料理を振る舞ってくれたお礼という訳ではないが、どうやら彼女も甘いものが好きなようで、昨日駿平と三嶋が帰った後にだいぶ多く余ったメレンゲクッキーをお隣様の黒峰へお裾分けしたら今と同じような反応で喜んでくれたのだ。
試しにと食べた味や食感は別段問題なかったので後は彼女が気に入ってくれるかが気掛かりだったのだが、そうやって喜んでくれるととても嬉しい限りである。
(よし、このまま別の話題で———)
先程の追及を恐れた秋人がこの調子で言葉を続けようとしたのだが、隣で歩く彼女の方が早かった。
「ねぇねぇ、秋人くん」
「は、はい? なんですか?」
「———もし、思い違いじゃないよって言ったらどうする?」
「…………へ?」
呆けた声を洩らしながら隣へ顔を向けるも、言葉を紡いだ黒峰は真っ直ぐに前を向いて進み続ける。
一瞬、彼女が何を言っているのか理解出来ずに疑問符を頭に浮かべる秋人。しかしこれまでの黒峰との会話を思い出してその真意を読み取ると、点と点が繋がる。そうして秋人は再び顔を真っ赤にしてしまった。
動揺を隠しきれず、思わず言葉に詰まってしまう。
「なっ、え、あぅ、そ、その…………っ!」
「うふふふっ。顔がリンゴみたいに真っ赤っかですよー? ああもう、秋人くんカワイイなぁ」
「……も、もしかして揶揄ったんですか?」
「それはどうかなー?」
「なんですかそれ……」
うふふ、と目を細めながら微笑む黒峰。
どうやらまたも揶揄われたようで、頬を染めたまま秋人は深く息を吐いて脱力してしまう。薄々感じていたが、きっと彼女は相手を揶揄うのが好きなのだろう。
明るくおっとりとしていて、胸が大きくてスタイル抜群の揶揄い上手な年上美人イラストレーターな黒峰。ラノベ作家である秋人から見ても、些かキャラ設定というか、属性が多すぎやしないだろうか。
(……まぁでも、黒峰さんに揶揄われるのは嫌いじゃないけど)
恥ずかしいけど嬉しい。嬉しいけど恥ずかしい。男子大学生としては複雑な感情だったが、元々交友関係があまり広くないインドア派な秋人にとって親しげかつ積極的に話し掛けてくれる彼女の存在は非常に眩しかった。
言っておくが、決して誰彼構わず揶揄われるのが好きという訳ではない。これまで揶揄われたりした際に感じていたのは羞恥心だけだったのだが、それに加え不思議と心がじんわりと温かくなったのは家族以外では黒峰だけである。
そう感じたのは、彼女の存在が少しずつ秋人の中で大きくなっている証ということなのだろうか。
唇をぎゅっと引き締めながら悶々として歩みを進めていると、隣の黒峰が口を開いた。
「うふふ、ごめんなさい秋人くん。ちょっぴり
「妬いた……?」
「お詫び、と言ってはあれだけど……あ、秋人くん! あのね!」
「は、はい! なんでしょうか?」
足を止めると、彼女はどこか恥じらう様子を見せながら視線を彷徨わせる。先程までの揶揄う様子は鳴りを潜め、普段の明るくおっとりとした黒峰らしからぬ態度に首を傾げる秋人だったが、何やら覚悟を決めたのだろう。彼女は勢い良く顔をあげると、こちらを真っ直ぐに見つめた。
「———私と、お付き合いしてくれませんか?」
そうして、このように衝撃的な言葉を紡いだのだった。
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