第25話 お姉さんとのデート




「……………………」



 そうして数日後が経過し、今日は大学の講義がない休日。他所行きの格好をした秋人は、駅前のひし形の形が特徴的な銀色のオブジェの前で立っていた。


 天気は雲一つない快晴。駅前というアクセスの多い場所ということもあり、周囲にはたくさんの通行人や待ち合わせしている人が伺える。何を隠そう、三十分前からここに立っている秋人もその内の一人だ。



「……いやまぁ知ってたけれど」



 秋人が内心溜め息を吐きながら思い出すのは、先日の黒峰が言い放った衝撃的な言葉。



「お付き合いはお付き合いでも、お付き合いしてくれませんか、だったなんて色々と言葉が足りなすぎるよ黒峰さん……」



 言われた直後は顔を真っ赤にしながらも動揺してしまった秋人。こちらの言葉を失う反応を見た彼女は一瞬だけ固まるも、慌てたように手をぱたぱたと振るとすぐさま口を開いた。



『ち、違うの。いえ、違うくもないんだけど……!』

『?』

『えーっと……。あ! さ、最近駅の近くでお芋のスイーツ専門店が出来たみたいでね? 気になってたしイラストの参考にもしたいなぁ、って考えてたんだけど一人で行くのはちょっと自信がなくって……。だから一緒にどうかなっていう意味で言おうとしたんだけど……』

『あ、あー、そういう……!』

『ご、ごめんね? さっきのだと言葉が足りなかったねっ』

『だ、大丈夫です! 慣れてますので!』

『えっ……』

『じょ、冗談ですよ! あ、あははははっ』

『な、なーんだ、びっくりしちゃったぁ! うふふふふっ』



 ———というような会話を経て今に至る。そういえば秋人が冗談を口にした途端、黒峰が一瞬だけ固い表情になったのだが一体どうしてだろうか。とりあえず脳裏で考えを巡らせてみるも、上手く答えが導けないのでこのまま保留にして良いだろう。


 何はともあれ、本日は黒峰とのお出掛けである。勘違いしそうになってしまったものの、別に男女として付き合っている訳ではないのでデートと呼ぶにはとても仰々しいが、楽しみな事には違いない。



「でもなんだか緊張するなぁ。鈴華以外の女性と二人で出掛けるなんて、何気に黒峰さんが初めてだし」



 これまで何度も妹である鈴鹿にねだられてショッピングや食事などに行ったりしたものの、それはあくまで家族として。知り合って間もないとはいえ、こうして妹以外と出掛けるだなんて初めてなので、今の秋人の心境としては楽しみ半分、緊張半分といったところである。


 だが忘れてはいけないのは、今日のお出掛けはイラストレーターsenKaセンカとしての参考資料集めということ。


 気になっていたという黒峰の言葉に嘘偽りはないようだが、あくまでこれは創作活動の内の一つなのだろうから邪魔をする訳にはいかない。勿論秋人としてはそんなことをするつもりは毛頭ないが、二人きりでのお出掛けと浮かれすぎるのは禁物だろう。



(それにしてもイラストレーターとして貪欲に学ぼうとする姿勢、流石黒峰さんだよなぁ。僕も見習わなくちゃ)



 以前黒峰へどうしてイラストレーターとしての収入があるのにスーパーでアルバイトをしているのかと尋ねた時があった。すると彼女は「理由は色々ありますけれど、スーパーは小さい子からお年寄りの方といった様々な人が訪れるので、イラストの参考になるんですよー」とあっけらかんに話したのだ。

 話を聞く限り、どうやら客が浮かべる様々な表情や、行動、仕草を深く観察して自らのイラストに取り込んでいるという。


 実際にこの目で、視覚で得た情報は私にとって全て財産なんです、と口にした際には思わず舌を巻いたものだ。だからこそ『ワールド・セイヴァーズ』のような躍動感のある表現や感情表現豊かな人物の絵を描けるのだろう。


 よし、と改めてこちらもラノベ作家として実りある一日にしようと意気込む秋人。ポケットからスマホを取り出して時刻を確認すると『11:25』と表記されていた。お昼前に集合する予定だったので、そろそろ待ち合わせの時間である。


 きょろきょろと視線を巡らせながら彼女を待っていると、こちらを呼ぶおっとりとした声が聞こえた。



「おーい、秋人くーん!」

「あ、黒峰さ…………っ」



 黒峰の声が聞こえた方向へ視線を向けた秋人。彼女の姿を視界に入れた瞬間、思わずぎょっとしながら目を見開いてしまう。



(お、おおおおっぱいが踊ってるぅぅ!?!?)



 ウェーブの髪を靡かせた黒峰が満面の笑みを浮かべながらこちらへと駆け足で向かってくるのだが、そのおかげ(?)か大きな胸が激しく揺れているのだ。秋人は内心で絶叫しながらもそのたわわな胸から目が離せない。


 彼女の服装はモカカラーのロングのワンピースに白のサンダルといった爽やかな春らしい装いだ。肩から腰にかけて可愛らしいショルダーバッグを身に付けており、ストラップが胸元の中心を通っているのが原因で大きな胸が強調されてしまっているのだろう。


 その服装は長身でスタイル抜群な彼女に非常によく似合っており大変魅力的なのだが、いかんせんその豊満な胸は周囲の目を引く。ちらりと周囲の人々の様子を見てみると、だらしない表情を浮かべた男性がほとんどだった。その場合付き合っているらしき女性からは勢いよく引っ叩かれていたが。



(…………あれ)



 不意にそんな様子を見た秋人の心には黒いもやが沸き立つ。先程までの興奮と動揺は鳴りを潜め、まるで透明で澄んだ水に墨汁を垂らしたような、健全とは決して言い難いくらい感情が広がる。


 その感情の正体に目を向けようとするも、どうしてもいても立ってもいられなかった秋人はこちらへ駆け寄ってくる黒峰へずんずんと歩みを進めた。



「黒峰さん」

「うふふ、ごめんなさい秋人くん。もしかして待たせ———」

「すみません。ここから離れましょう」

「え? う、うん……?」



 きょとんとした表情を浮かべながら戸惑いの声を上げる黒峰だったが、有無を言わさずやや強引に彼女の手を握った秋人はそのまま歩みを進める。了承を得ずに女性の手に触れるなどまずデリカシーがない行為なのだが、この時秋人の心は何故か非常にさざめき立っていた。


 そうして黒峰の手を引いて歩みを進めていた秋人だったが、しばらくして彼女が口を開いた。



「ねぇ秋人くん、どこまで行くの?」

「え……?」

「もう駅前から随分離れちゃったよ……?」

「あ……っ、す、すみません!!」



 黒峰からの指摘にはっとした秋人は、今までしっかりと繋いでいた彼女の手を慌てながらほどく。すぐさま謝って周囲を見渡すと、どうやら彼女の言う通り駅からだいぶ離れたようだ。とにかくここから離れなければ、という思いに捉われながら夢中で手を引いて歩いてきた訳だが、正直今居る場所がどこなのかさっぱり検討がつかない。


 とにかく後悔するのは後にするべきだろう。動揺を必死に押し殺しながら、今は黒峰へどうしてあんな行動に出たのか誠実に弁明しなければいけない。



「あ、あはは……その、本当にすみませんでした。いきなり手を繋いだりここまで歩かせてしまったりして……」

「う、ううん! それは全然大丈夫なんだけど、いったいどうしたの……?」

「えーっと、その、自分でもよく分からないんですけれど……黒峰さんが周りの無遠慮な視線に晒されるのが我慢出来なかったと言いますか……。ちょっとモヤモヤしちゃったと言いますか……」

「——————!」

「すみません、僕自身こんなの初めてなので結構戸惑ってて……。僕ってこんなモヤモヤに振り回される程、自分を抑えられない性格だったかなって思うと少し怖くって……!」

「じゃあ、こうしよっか」



 動揺が滲んだ声で打ち明ける秋人が二の腕を抑えながら視線を泳がせていると、突如黒峰が秋人の腕に両腕を絡ませる。所謂カップルなどで行う腕組みというやつである。


 腕にはゴム毬のような柔らかくも弾力のある感触がダイレクトに伝わる。突然の行動に驚いて固まる秋人に構わず、香水と彼女自身の甘い香りを漂わせた黒峰は耳元で囁くように言葉を続ける。



「昔からそういう視線には慣れていたとはいえ、不安にさせちゃってごめんね、秋人くん」

「なっ、えっ……?」

「———?」



 不意に囁かれた艶やかな言葉。普段はおっとりとした明るさを見せる黒峰が見せた艶やかな一面に、秋人はばくばくと心臓が鳴ってどうにかなってしまいそうだったが、なんとか理性を保つ。


 未だ二の句を告げられない秋人だったが、笑みを浮かべながらやや頬を赤くした彼女は再び口を開いた。



「そ、それにこれは……デ、デートみたいなもの、だし……!」

「ふぁっ!?」

「あ、いえ、別に深い意味はないですよ? 男性と女性が一緒にお出掛けするんだから、そう呼んでもおかしくはないかなー、ってだけですからっ」

「ま、まぁそうですね……?」

「そうだよっ。じゃあ秋人くん、早速行こっか!」



 やや遠回りしてしまったが、こうして二人は目的のスイーツ専門店へと向かったのだった。

















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