第26話 お姉さんへのエスコート




 さつまいもスイーツ専門店『さつまファクトリー』。日本各地の様々な品種のさつまいもを厳選し、その特色や個性を生かしたスイーツが最近話題の四月にオープンしたばかりのカフェ飲食店である。


 店内は広めのカフェテリア。壁の色は白色を基調としており、照明は明るくお洒落な雰囲気が漂う。それに加え各テーブルには仕切りがあるので、人の目を気にせずに食事を楽しめる空間となっていた。


 二人で一緒に入店すると、黒峰がテンション高めな声を上げる。



「わぁ、テレビで紹介されただけあっていっぱいお客さんがいるね!」

「そうですね」

「店内はとてもオシャレだし、お芋の甘くてとっても良い香りもするよ〜!」

「そうですね」

「もう、秋人くんどうしたの? さっきから同じ返事ばっかりだよ?」

「………………」



 こちらを見つめてこてんと首を傾げる彼女に対し、秋人は額にうっすらと汗を浮かばせながらどう言葉を返そうか悩んでいた。


 無事目的のスイーツ専門店に辿り着いたのは良いのだが、その道中ずっと腕を組んだままだったのだ。


 ぴっとりと彼女の身体が密着しているということは、必然的に大きな胸がずっと秋人の腕に当たっているという事実に他ならない。ただでさえ出るところは出て、引っ込んでいるところは引っ込んでいる魅力的な体型なのだ。距離が近いこともあり、香水と体臭が入り混じった黒峰の甘い香りが鼻腔をくすぐるし、彼女の長髪が風で靡くと時折顔に触れてくすぐったい。


 先程から心ここに在らずなのは黒峰に申し訳なかったが、集中しながら自制心を強く保たないと秋人の理性はいとも容易く崩壊しそうだった。


 勿論、現在もその状況は続いている。



「く、黒峰さん。その、いくらデートみたいなものとはいえ、いい加減腕を離して貰えると……」

「あ……もしかして、本当は嫌だった?」

「いやっ、むしろ光栄なのは間違い無いのですが、ちょっと視線が気になるといいますか……その、恥ずかしいといいますか……っ」

「あぁ、そっかそっかぁ」



 貴方の胸が当たってどうにかなってしまいそうです、なんて言えず秋人は言葉を濁すも、不安を覗かせた表情から一変して彼女の表情はにこにことしていた。優しくて包容力があり、加えて美人な黒峰を嫌うなんて今のところあり得ないが、安心させる事が出来て何よりだ。


 腕に込める力を緩めたので、このままこちらの言葉を受け取って素直に離すのかと思いきや———、



「うーん……やだ♡」

「やだ!?」

「席に着いたら離してあげる。だから今はこのまま、ね?」

「わ、わかりました……」



 周囲をぐるりと見渡すと、さらにぎゅっと力を込めてこちらにそう微笑みかける黒峰。腕を組みながら入り口の近くに立っている所為で他の利用客からのちらちらとした視線が些か辛い。スイーツ専門店というだけあって客層も若い女性がほとんどだったが、もしかしてカップルだと思われているのだろうか。


 釣り合わないのは自覚しているが、秋人の感情としては嬉しくも恥ずかしい。隣で腕を組む黒峰に、フツメンである秋人への偏見の視線が及ばないことを祈るばかりである。



「いらっしゃいませー、二名様でよろしかったでしょうか?」

「あ、はい」

「それでは空いてるお席の方へご案内しますね〜」

「お願いします」



 笑みを浮かべながら女性店員に案内されたのは壁際のテーブル席だった。店員を先頭にこの席に向かっている最中も周囲からの視線が突き刺さりひたすら目立ってしまっていたのだが、無心で歩みを進めていたのでダメージは少ない。


 テーブル席の奥手側の椅子を引いて黒峰に座って貰うと、秋人も座る。「ご注文が決まりましたらお呼び下さい」と言葉を残すとそのまま店員は去っていった。そうしてテーブルに備え付けられていたメニュー表を手に取ると、秋人はさつまいもがふんだんに使われた美味しそうなスイーツの写真へ視線を目を向ける。


 が、視線を感じて正面に座る黒峰をちらりと見てみると、何故か彼女はこちらをきょとんとした瞳でこちらを見つめていた。



「………………」

「ど、どうしたんですか黒峰さん?」

「う、ううんっ。何気なく座っちゃったけれど、自然にエスコートされたからちょっと驚いちゃって……」

「あぁ、昔妹と食事に行った時にしてあげたら喜んでくれたんですよね。僕も嬉しくて、それ以来習慣になっちゃいました」

「わぁ、そうなんだ。偉いねぇ」



 にこにこと微笑む黒峰の視線がこちらを見つめる。思わぬ賞賛だったのでなんだか気恥ずかしい。


 女性ファーストという訳ではないが、こうした気遣いをされて嫌な女性は恐らくいないだろう。鈴華に関しては他にも道を歩くときは道路側を絶対に歩かせないし、外食をして苦手な具材が料理の中に入っていたり量が思いのほか多かった場合は代わりに食べてあげたりなどしていた。


 勿論今回もそのつもりである。



「うふふ、なんだかお嬢様みたい」

「それじゃあ僕は執事で。———それでは千歌様、こちらのメニューから御所望するお品をお選び下さい」

「うふふふっ。はい、わかりました秋人」



 どれも美味しそうですね♪、と黒峰がメニューに掲載されているスイーツを眺めると、互いにロールプレイを楽しみながら注文していくのだった。


 普段とは異なり、彼女が呼び捨てで秋人の名前を口にした時にどきりとときめいてしまったのは内緒である。


















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更新遅れてごめんなさい_:(´ཀ`」 ∠):


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