第27話 お姉さんとあーん
「ふぅ、黒峰さんが嬉しそうで良かった」
無事注文が終わり、席にスイーツが届くまでしばらく時間がある。その隙にトイレで用を足した秋人は洗面台にて手を洗いながらそのように呟いた。
参考資料は多いに越したことはない。メニューに載った美味しそうなさつまいもスイーツの写真に目移りしながらも、そう考えた二人は数多くのスイーツを注文。最初はもし黒峰が食べきれず残すようなことがあったら自分が残りを食べようと考えていた秋人だったのだが、すぐにとあることを思い直した。
「ふふっ、見た目によらずいっぱい食べるからなぁ」
秋人はこの前一緒に豚の生姜焼きを食べた際に、山盛りのご飯をもぐもぐと頬張理ながら笑みを浮かべた黒峰の微笑ましい様子を脳裏に思い浮かべる。どうやら彼女が食べ物を残すと考えるのは秋人の杞憂で、取り越し苦労のようだった。
加えて写真を撮影したい旨を店員に伝えると、こういった申し出が多いのか快く
きっと今頃彼女は、注文したスイーツの到着を今か今かと待ち望んでいることだろう。
備え付けられているペーパータオルでしっかりと手を拭くとトイレの入り口へと向かう。そのまま黒峰が座るテーブルへ戻ろうとした秋人だったが、誰かと肩がぶつかってしまう。
「す、すみません。大丈夫ですか?」
「………………」
「あ……行っちゃった」
身長はこちらよりも顔一つ分ほど低く、幸いにも互いに転倒する事はなかったのですぐさま謝ろうとした秋人。しかしその相手の眼鏡を掛けたギャル風な金髪の女性はぺこりと頭を下げただけで、一言も発することなくそのままトイレの中に入ってしまった。
痛くなかったかな、と少々思うところはあったが、このまま気を揉んでいても仕方がない。気持ちを切り替えた秋人は、改めて黒峰の座るテーブルへと向かったのだった。
秋人が席へ戻ると、黒峰はスマホのカメラを起動して様々な角度から写真を撮っていた。夢中に撮影するその様子はとても楽しそうで、思わずこちらの表情も緩んでしまう。
邪魔にならないようにそのまま椅子に手をかけてひっそりと座ろうとするも、秋人の姿にようやく気付いた彼女はやや興奮したかのように声を上げる。
「あ、秋人くん! これ見て見て、とっても美味しそうだよ!」
「おぉ、もう一つ目が来たんですね。早い」
「生クリームの上に角切りにされたさつまいもが散らばってて、さらにその上に黒蜜が掛かってるから見栄えも良いね!」
一番最初に届いたのは、どうやらこの店の定番メニューである『お芋シェイク』。濃厚な甘味とねっとりとした食感が特徴的な紅はるかを使用しているらしく、ペースト上にしたさつまいもとミルクを混ぜ合わせて作られた飲み物だ。
たっぷりの生クリームとさつまいもの上には黒蜜が格子状に掛かっており、真ん中には華やかな色合いをしたミントが置かれている。素人目から見ても大変綺麗な見た目なのは間違いない。
笑みを浮かべた黒峰は、その手に持っていたスマホをテーブルに置くとそのままおっとりとした声で言葉を続けた。
「それじゃあ秋人くんも戻ってきたことだし、早速頂きましょうか」
「あ、もしかして結構待たせちゃいました……?」
「ううん、全然待ってないよ。こうして写真もたくさん撮れたし、気にしなくて大丈夫だよ!」
「そうですか。それは良かった」
ホッと胸を撫で下ろしながら、秋人がお手洗いに行ってる間に黒峰が撮ったというスマホの写真を覗き見る。様々な角度からお芋シェイクが写真に収められており、冷えたグラスに結露した水滴や照明の光が上手い具合にそれを引き立てていた。美しくも、見ているだけで早く飲みたいという気分になってしまう。
白魚のような指先でスマホに映る画像をこちらに見せながらスライドさせていく黒峰だったが、それがひと段落つくとそのまま言葉を続けた。
「それに、ね」
「?」
「一人で先に味わうより、一緒に味わった方がさらに美味しくなるでしょ?」
「———。それも、そうですね」
「うふふ、秋人くんお顔真っ赤だよ?」
「き、気の所為ですっ。あ、ほらっ、冷たいうちに飲みましょう!」
「うん、そうだね」
いただきます、と唱えるとストローを咥えてお芋シェイクを飲む。口に含んだその瞬間、濃厚なさつまいもの香りと甘味が広がった。
「あ、美味しい……!」
「んん〜っ、美味しい〜! やっぱりさつまいもと牛乳は相性抜群だね! くどくないからいくらでも飲めそう!」
こくこくと首を縦に振りながら秋人は黒峰とともに夢中になりながらストローを通るお芋シェイクを飲み続ける。さつまいもと牛乳なのでこれ一杯飲んだだけでお腹が膨れてしまいそうだが、全くそんな事はない。どろりとした液体にもかかわらず甘さが控えめということもあり、するすると喉を通りやすかった。
それに鼻から抜けるさつまいもの香りも非常に心地良い。オープンから間もなく人気店になるのも頷ける程の逸品だ。飲み物でそうなのだから、他に注文したスイーツも期待大である。
しばらく黒峰と談笑しながら舌鼓を打っていると、どうやら他に注文したスイーツが次々にやってきた。
「お待たせしました。それではこちら安納芋を使用したスイートポテトにプリン、鳴門金時を使用したパンケーキと芋羊羹、そして紫芋のあやむらさきを使用したタルトとモンブラン、最後にこちら様々な品種のさつまいもを組み合わせた特別製のモンブランパフェとなります。以上ご注文の品はお揃いでお間違い無いでしょうか?」
「あれ……すみません、最後のパフェは注文していな———」
「はい、大丈夫です! ありがとうございます!」
注文したスイーツを運んできたにこにこ顔の女性店員へ疑問の声を上げようとした秋人だったが、目の前にいる同じくにこにこと面々の笑みを浮かべた黒峰から遮られる。ごゆっくりどうぞ、という言葉を最後に残し去っていった店員を呆然と見送ると、やがて秋人は未だ目を細めた黒峰へと視線を向けた。
「あの、黒峰さん? このパフェって僕が一緒にいた時は注文してませんでしたよね……?」
「うん、そうだよ。秋人くんがお手洗いに行ってる間にあの親切な店員さんが教えてくれてね、それで注文したんだ!」
「そう、ですか」
「実はこれ、このメニュー表にも載ってない裏メニューらしくて、とある条件を満たした場合のみ注文することが出来るスイーツなんだって」
「とある条件……?」
嬉しげな黒峰の表情と言葉に思わず首を傾げる秋人だったが、彼女はやや身を乗り出してこちらに顔を近づけた。
口元に手を添えて言葉を紡ごうとする黒峰に、秋人も耳を少しだけ近づけると、次のように口を開いた。
「———いちゃいちゃしたカップル限定なんだって」
「んなっ!?」
「うふふふふっ、どうやら腕を組んでお店の中に入ったのがカップルだって思われた理由みたいだね。このパフェ、カップル専用の限定品みたいだし、ちょうど参考資料としては申し分なかったから注文しちゃった!」
「マジですか……」
確かにこのパフェ、よくよく見ればハート型に抜き取られているさつまいもが散りばめられているし、飾り付けもとても華やかだ。この大きさならば、二人で一緒に食べて丁度くらいの量だろう。
思えばあの女性店員、席に案内する際に妙ににこにこと笑みを浮かべていたが、今にしてみればニヤニヤとしていたような気がしないでもない。おそらく親切心なのだろうが、こうしてカップル限定のパフェを提案してきた以上、自分達がカップルに見えたのは間違いないだろう。
嬉しいやら恥ずかしいやら、そして勘違いされてしまい申し訳ないやらで秋人は頬を染めながら俯いてしまう。
「はい秋人くん」
「え?」
「あーん」
「あむっ!?」
彼女の呼びかけに顔を上げると、黒峰からいきなりスプーンを口に突っ込まれる。おそらくパフェのアイスだろう、ひんやりと冷たくて口の中ですぐに溶けてしまった食感に目を白黒させていると、目の前の彼女が笑みを溢した。
「うふふっ、美味しい?」
「美味しい、です」
「良かった。折角のデートなんだから、楽しまないとね♪」
目を細めながらこちらに微笑みかけるその笑顔は、太陽みたいに
不覚にも、秋人は胸の高鳴りが抑えられなかった。
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