第28話 ラノベ作家としての価値



「ふんふふーん」



 黒峰と一緒にスイーツを食べに行った次の日。講義を終えて大学から帰宅した秋人は、自宅にてノートパソコンを立ち上げて『ワールド・セイヴァーズ』の原稿執筆を行なっていた。以前指摘された部分の改稿作業は無事完了しており、今はだいぶ余裕を持って画面へと向き合っている。


 現在は夕方の四時過ぎ。コップに注いだアイスコーヒーを飲みながら機嫌良さげにカタカタとタイピングを続けていた秋人だったが、それにはとある理由があった。手の動きを止めてホッと息を吐くと、小さく呟く。



「昨日投稿した短編小説……は初めての挑戦だったけど、好評価みたいで良かったぁ」



 中学三年生の身分から今に至るまで小説投稿サイトにファンタジー系小説を執筆していた秋人。そんな自分が何故急にジャンルが異なるラブコメ系に挑戦したのかというと、昨日突然にも天啓ともいうべき衝撃が身体中を走ったからだった。


 その光景を思い出した秋人は、椅子に座りながら思わず顔を赤らめてしまう。



「まさか黒峰さんにあーんして貰って、アイデアや構想がすぐに思い浮かぶとは……。我ながら想像力が酷いというか、逆に食事中に申し訳ないというか」



 そう、いきなり黒峰にあーんされた時は呆然として固まってしまったのだが、その状況とシチュエーションも相まってか突如秋人の頭の中に小説のアイデアが降ってきたのだ。何せ相手はとびっきりの美女。何気ない仕草までもが絵になる彼女と仮初とはいえデートを存分に味わった秋人は、その後一緒に自宅に帰って笑顔で別れるなり、早速執筆に手をつけたのだった。


 そうして完成したのが約一万字程の短編ラブコメ小説。とある事情で美少女と同棲する事になった暗い過去を持つ主人公が様々なハプニングを乗り越えて愛情を育んでいき、やがて恋人同士になるという内容だ。


 執筆時間はおよそ三時間程。普段であれば一万字執筆するには余裕を持ってしてもだいぶ時間が掛かってしまうのだが、今回に限っていえば頭の中に構想がちゃんと形になっていたのと気分が高揚していたということもあり早く執筆出来た。



「……うん、いつも更新してる時間より投稿するのは遅かったけど、ブクマと評価は良い感じ。コメントも概ね好意的なものばかりだから、ランキングも上位に食い込めそうかな」



 ラブコメの執筆は初めての試みで不安だったが、たくさんの方が読んでくれてとても嬉しい。小説投稿サイトにログインした秋人は、昨日投稿した短編ラブコメの総合評価やコメントに目を通しながら目を細めて微笑む。


 昨日は残念ながらランキングの更新に間に合わなかったのでランキング百位以内に入る事はなかったのだが、本日の朝に確認したら無事ランクインしていた。おそらくこのまま行けば夕方のランキング更新にて日間一位も夢ではない。



(心配だったけれど、受け入れてくれて本当にありがたいな。読んでくれる読者さんには感謝しかないよ)



 きっと運的な要素もあったのだろう。正直にいえばラブコメ初挑戦ということもあり、毛色の異なる内容が原因で読者離れも危惧していた秋人。中には「つまらない」「ラブコメ向いてない」「話題集めか?」という悪意あるコメントが少数見受けられたが、それを大きく上回る好意的な感想がたくさん寄せられたのでほっと一安心である。


 多くの読者曰く、『新しい一面を知ることが出来て良かった』らしい。



「SNSでも宣伝していたおかげかな。……うわ、通知いっぱいきてる」



 以前スマホで作成した『萩月はぎつきむすび』名義の作家アカウントも確認すると、短編ラブコメを投稿したというツイートにはたくさんの反応があった。


 いいねはもちろん、このアカウントを作ってから交流のある諸作家先生からは「面白かったです!」「最高でした!」「まさかラブコメ界隈に大物作家筆頭である萩月さんがやってくるなんて……っ、ま、負けてらんねぇ!!」という嬉しい言葉がどんどん寄せられていたのだ。なんだかこそばゆい。


 中には「いつも見てるよ」なんて意味深なダイレクトメールもあったが、いつも通り「ありがとうございます」と簡潔に感謝を伝えるだけで問題ないだろう。


 改めて自らのプロフィール画面に目を落とすと、秋人はぽつりと呟いた。



「アカウントを作ってからあまり日が経ってないとはいえ、もうフォロワーが五千人突破しちゃったよ……。『萩月結』のネームバリューすっご……」



 きっとこれまでのラノベ作家としての積み重ねなのだろう。これだけ多くの人にフォローされているのはなんだか現実味がないが、拙作である『ワールド・セイヴァーズ』のアニメ化が控えている以上、これまで以上に身を引き締めて頑張ろうと思えた。


 よし、とスマホを閉じて再びパソコンへ向き合った秋人は、気合を入れて執筆を続けるのだった。






 ———それから約二時間後のことだっただろうか。突然黒峰が秋人の部屋にやってきて、動揺した様子で「助けてください」と言ったのは。

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